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2話 ドラゴンを撮す少女
かつて隆之介が目にしていたドラゴンは高層ビルの全長ほどの高さをゆったりと飛んでおり、額の長い一本角と燃えるオレンジ色の鱗が遠くからでも目立っていた。天気が良ければ小島が蒼天の大海原をたゆたっているように見えた。
翌日も、ドラゴンは影も形も見えなかったのだが。
高校へ続く坂道を若干の俯き加減で歩く隆之介。結局昨日は机に向かう気が再燃せず、現在は絶賛後悔中の登校道中。
校門前にて、彼は前方のある人物に視線を引かれた。後悔の念を押しのけて彼が注目したのは、一人の少女だった。
見慣れたその制服は隆之介の高校のものだった。足元には彼女のものであろう通学カバンが。小柄な体を上向きにして、前も後ろも長い髪を春風で揺らし、手元の何かを通して空を覗いていた。
女子生徒に近付くと、手にしているのがカメラだということがわかった。隆之介はカメラについて詳しくはないが、一眼レフと呼ばれるカメラだと思われる。
……何を撮っているんだろう?
レンズの先を追ってみても、そこには青々とした空のキャンパスと、筆でなぞったような雲。それらがあるだけだ。いや、それらも立派な被写体なのかもしれないが、登校中に取り立てて撮影するものでもないような気がする。
「――ドラゴンでも撮っているのか?」
なぜそのように声をかけたのか、隆之介に明確な理由があるわけではなかった。しかし、少し前の自分ならこの空にもドラゴンを見ていたのだろう。
それを聞いた女子生徒は怪訝な顔をするでもなく、ただただ驚いた表情で隆之介を振り返った。
「……どうして、わかったのですか?」
「同じようなものが見えていたからな」
厄介な人と出会ってしまったと思った。一度エサを与えたら後を付いてくる猫のように、この女子生徒は撮影を中断して隆之介と登校を共にするのであった。
なぜ、このようなことになったかと言えば――。
「……では、先輩はもうドラゴンが見えなくなったのですか?」
「まあ、三年になる頃からかな。森さんには見えているみたいだけど、今も空にいるの?」
「ええと、今はいないですが……実はさっきもドラゴンを探していたんです」
常にうつむきがちの彼女は、少し恥ずかしそうにさらに顔を伏せた。
この女子生徒、森乙葉は隆之介の一つ下の学年の生徒であった。話を聞いてみると彼女は写真部に所属しており、先程も朝練と銘打った活動をしていたらしい。その実態はドラゴンの撮影であったのだが。
ドラゴンという存在を彼女も見ていることに、隆之介は大して驚かなかった。なぜかというのは自身でも上手く説明はできないが。多くはないだろうが、同じようなものを見ている者はいてもおかしくはないだろうという予感はあった。
しかし乙葉にとっては少なからず予想外のことだったようだ。ただ、そこから生まれたのは不快感ではなく親近感に近いものだったらしい。
校門の前に来て、乙葉は意を決したように隆之介に向き直った。その割には、とても小さな声だった。
「あの、先輩。先輩って……お昼に用事はありますか?」
「お昼? 特にないけど」
「もしよろしければ……お昼ご飯を一緒に食べたいです。それで、ドラゴンについてもっと話ができればいいのですが……」
「別にいいけど、あまり面白い話はできないかもしれないぞ」
「構いません! ――あ、すみません。是非お願いします……では、お昼に写真部の部室で」
目まぐるしく顔色を変えた乙葉は一礼をして後者の入り口へ消えていった。巣穴へ逃げ込む小動物のようなが可愛らしさがそこにはあった。
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