2話 ドラゴンを撮す少女

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「森乙葉?」 「そう。松下も写真部だから後輩だろ?」  隆之介はその日の休み時間に、クラスメイトに乙葉なる人物について聞いてみた。もちろん、ドラゴンのことは話さずに。 「何でそんなこと聞くんだよ」 「そんな大したことじゃない。その子に今日昼ごはんに誘われただけだって」 「……は、え、嘘だろ? どんな魔法使ったんだ? あの森乙葉だぞ」 「だからその森乙葉がどんな人物か聞いてんだよ」 「もし俺の知ってる森だとしたら、絶対にそんなことはしない。別学年の男を昼に誘うなんて度胸があるわけがない」 「確かに、物静かな子――だったような」 「そんなレベルじゃねえよ。もともと写真部は男女で住み分けられてるけど、それにしても男に話しかけているところなんて見たことがねえ」 「へえ……」  そこまで口数が少ないわけでもなかったような、とイメージのズレを感じた隆之介。 「でもお前と接点があるなんて知らなかったな。同じ中学の出身とかか?」 「まあ、そんなようなものだよ」  大嘘である。実はドラゴンが見えるということで知り合った――と言ったとしても、信じてもらえまい。  そして昼休みになった。  森乙葉の実物と友人の話での印象の差に首を捻りつつ部室棟へ向かう隆之介。「もしかしたら何かの間違いだったのでは」という予感に至った時には、すでに写真部の部室の前であった。  恐る恐るノックをしたが、数秒後になっても返事はない。  肩透かしをくらった反面、クラスメイトの人物評が合っていたかと納得して隆之介は踵を返した。  そのとき、そろりと部室の引き戸が開いた。  森乙葉が顔だけ出して上目遣いでこちらを見ていた。 「います……いますので、入ってください」 「いないのかと思った」 「その、どう出迎えたものか考えてしまったので……」  隆之介は意表を突かれた顔をした。これほどまで引っ込み思案のステレオタイプのような人間と出会ったのは初めてだった。やはり友人の言った通りの人物なのかもしれない。 「どうぞ、中へ……その、誰もいませんので」 「それって、ドラゴンの話をして大丈夫って意味だよな?」 「……」  隆之介は冗談を言ったつもりだったが、なぜか返事がなかった。  写真部の部室は一般的な教室の半分ほどの広さだった。真ん中には長机を三つ隙間なく並べて作った大きなテーブルがあり、数脚の椅子がそれをひっそりと囲んでいた。隅には金属製のキャビネットがあり、その上には活動日誌と言えるものだろうか、分厚いアルバムが何冊も並べられていた。 「お好きなところへ座ってください……先輩」  促された隆之介は出口に一番近い一角に座ると、その真隣におずおずと乙葉が腰を下ろした。  驚いた隆之介と乙葉の目が合う。彼女はぱちくりと二、三回瞬かせたあと、顔を真っ赤にさせて立ち上がった。 「すみません……つい」  そそくさと隆之介の対面に座りなおす乙葉。つい、で真隣に座るものなのだろうか。 「改めて、突然呼び出してすみません」 「別に気にしなくてもいいさ」 「あの、それで、一時間おいくらですか?」 「ええ……」  もしかしたら、森乙葉は思った以上に面白い人物なのかもしれない。  隆之介は持っていた包みを開いて弁当箱を取り出す。 「とりあえず、食べようか」 「……はい」
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