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3話 ドラゴンの話が出る昼食
「あの……先輩に見えていたドラゴンは、どのような姿だったのですか?」
「えーとだな、身体はオレンジ色。で、全体的にとげとげしいシルエットだったかな」
「ドラゴンは西洋風でしたか? それとも東洋のような姿でしたか?」
「胴体が大きかったから西洋だと思う」
「では私が見ているのと似ていますね。私のは灰色なんですけど、頭部に大きな二本角があって――」
昼休み終了五分前を告げる鐘が室内のスピーカーから鳴り響く。
二人は同時に時計に顔を向け、またもや同時に互いに顔を見合わせた。
「……結構話しましたね、先輩」
「だな。自分以外でドラゴンが見える人は初めてだったからかな」
「私も、こんなにドラゴンのことが話せたのは先輩だけです。今まで何度も写真に収めようとはしたのですが……。写真部に入ったのも、もっと知識を増やせば撮れるようになるかもしれないと思ったからなんです」
「そっか。上手く撮れるといいな」
「はい!……あの、先輩はドラゴンを撮ろうとか考えたことはなかったのですか?」
「なかったなあ。何でもない風景みたいなものだと思ってたから」
「そうなのですね。いいなあ……」
乙葉はなぜか羨望の色が混じった声を漏らす。隆之介はその真意がつかみ取れないまま、弁当の包みを結びなおして立ち上がった。
「森さん、今日は誘ってくれてありがとな」
「いえ、私こそありがとうございました。……あの、また一緒にお昼を食べてもらってもいいでしょうか」
「俺なんかでよければ」
「ありがとうございます……先輩」
隆之介に続いて部室の外へ出た森は、身体をもじもじさせて何かを躊躇っていた。
「もう一つ、お願いがあるのですが……」
「ん、なんだ?」
「その……いえ、何でもないです。失礼します……」
隆之介はこのような煮え切らない物言いは苦手であるが、小走りで逃げるように去っていく乙葉を止めることは叶わなかった。
「言いたいことあるなら言ってくれ……」
そっと言葉を置くしなかった。
「隆之介、どうだった?」
「何がだよ」
「我が後輩らしき人物とのランチタイム」
「別に。森さんと他愛ない会話しただけだよ」
「じゃあやっぱり俺の知らない森だな。写真部の森だったら先輩男子と二人きりで喋るキャラじゃねえ」
「そうかい」
しかし今日話した印象だと、ドラゴン以外のことになると途端に意見を引っ込めがちにしてしまう人物だということは察しがついた。きっと別れ際も、何かドラゴン以外の話題を切り出そうとしたのかもしれない。
本当に、何を言おうとしたのだろうか。
それから数日の学校生活においては、隆之介と乙葉の関わりはすれ違いの一回分もなかった。学年が違うのでそれは当然のようなことではある。知り合ったその日に昼食を共にしたのが、もしかしたら白昼夢だったのかもしれないと疑ってしまう。
それは彼にとって学生生活の些末な出来事でしかなく、次の学力検査に追われていることもあって、やがて乙葉のことは完全に意識の圏外へと追いやられていた。
あの夢を、見るまでは。
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