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4話 ドラゴンを見る者と見えない者の夢
週末の夜。何かと理由を付けて休憩を挟みながらも、受験勉強にひと段落を終えた隆之介が床に就いたのは深夜の一時を過ぎた頃だった。
今日の学習が一体どれだけ自らの将来に影響するのか、終わりのないマラソンのような感覚。それから逃げるように、睡眠の支度はすぐに終わった。
春の穏やかな空気が良い方向に働いたのだろうか、一度目を閉じてしまえば眠りに落ちるのはあっという間だった。
そこは一面の雪景色だった。
隆之介は寝間着ではなく学校の制服を身にまとっていた。それから辺りを見回してみたが、雪だと思っていたのは延々と続く白い地面で、ぼんやりと眠気を誘うような薄い光がどこからか発せられていた。音を出す物もなく、自らの衣擦れの音や心臓の鼓動がはっきりと耳を打つ。
明晰夢というものをご存じだろうか。「あ、これは夢だな」と気付くことのできた夢であり、その気になれば夢の内容を自由に作り替えれるとかなんとか。
これが噂に聞く明晰夢かと気付いた隆之介は、生まれて初めての経験にしばし感動で打ち震えた。が、その喜びも浜辺の波のごとくすぐに退いてしまい、一体この白色の平原は何なのだろうかという疑問が押し寄せてきた。
「これはどんな夢なんだ?」
誰に聞いたわけでもない、応答を期待しない呟き。
しかし、彼の想像の及ばないところから返事があった。
「とりあえず、夢の中としか……」
うんうん、その通り。
そう言いかけた隆之介は横を見た。彼の視線の斜め下、そこには数日前に邂逅した、前も後ろも長い髪の少女。
森乙葉がそこにいた。
「も、ももっ、森さん?!」
「ひっ! 先輩!?」
仕方ないのはわかるが、怯えて飛び上がった乙葉の反応に少し傷つく隆之介だった。
夢とは言えども、この予想外の展開には驚愕を隠せるはずがなかった。乙葉が出てくるという、自身の深層意識の血迷い具合に落胆する隆之介。もちろん意識して彼女を登場させたわけでもない。
しかしどれだけ迷走しようとも夢は夢である。その自覚がある隆之介が落ち着きを取り戻すには時間を要さなかった。そしてそれは乙葉も同じようであった。
二人はその場に並んで腰を下ろす。白い地面はフローリングのような硬さで、時間が経つと接地部位がじりじりと痛くなってきてしまいそうだった。
「久しぶりに先輩と会えた気がします」
「そうか?」
「そうですよ! と言うか先輩、ここ数日は私のことを避けていませんでしたか?」
ぐいと詰め寄る乙葉。母親以外の女性にこれほどまで近付かれたのは隆之介の女性遍歴史上でも初めてのことだ。
「誤解だ誤解! そもそも会うことなんてほとんどなかっただろ!」
「そういうこと言っちゃうんですか? だったら、明日は待ち伏せしてやりますから……」
隆之介は彼女の恨めしそうな目線にたじろぎながら、この夢の森乙葉は現実より積極性が五割くらい盛られているなと感じていた。もしかしたら本当にこのような側面を持ち合わせているのかもしれないが。これまでの印象を盛大に外してはこないのがむしろ妙な真実味を帯びている。
「あ、先輩。メールアドレス教えてください」
「すごいグイグイ来るな! いやまあ、ここで聞いてもどうしようもないだろ」
「はい。ですので、これは現実で先輩に聞くときの予行演習です」
わかるような、わからないような。
「紙――はあるわけないよな。じゃあ、覚えやすそうなものでよければ教えてやるよ」
隆之介はコミュニケーションアプリの自身のIDを伝える。
「これでメッセージ飛ばしてくれ。あ、出来ればエロい自撮りも添えてな」
「へ!?」
どうせ夢だ。何を言ってもいいだろ。彼にとってはそのような軽い気持ちでしかなかった。
「頼む。どうしても必要なんだ」
「は、はい。そこまで言うのなら……」
顔を真っ赤にしながらも、割と短時間で受け入れる乙葉。
突然、ぼんやりとした白い光が光度を強めた。目の前の乙葉の姿も真白に塗り潰され、意識も後頭部を引っ張られたようにその場から急に遠ざかっていった。
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