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隆之介が目覚めたのは朝日が昇り始めた頃だった。カーテンがうっすらとオレンジ色に染まっている。それから今の時間帯と、やはり先ほどの出来事は夢だったことを察した。
「……ま、そうだよな」
少し残念ながらも、やはり夢で良かったと胸をなでおろす。
そのとき、枕元に置いてあったスマートフォンが短い音を二回鳴らした。目覚ましのアラーム音ではなく、コミュニケーションアプリがメッセージを受け取った通知音である。
寝ぼけ眼の隆之介はその内容を見た瞬間、溺れかけの意識が引き上げられた。
一通目は画像データだった。映っていたのはなんと、下着しか身に着けていない女性の姿である。布団の上に座り込んだ女性が画面に向けて片手を伸ばしているので、これはスマートフォンで自分を撮影したものだろう。意図したかどうかわからないが、上は鎖骨部分で見切れてしまっていて顔は見えなかった。そしてどう抗っても、部屋の明かりに晒された、下着に慎ましく守られた胸や艶めかしい太ももについ目線が誘われてしまう。
親指がスマートフォンの画面上を右往左往している間に、同じ人物から二通目のメッセージが届いた。
『届いていますか? 先輩』
一連の送り主は見覚えのないアカウントからだった。しかしその名前が『オト』という、まるでどこかの誰かを連想させるようなものだった。そして隆之介を『先輩』と呼ぶ人物となるとかなり限られてくる。
暑くもないのに、背中が湿ってきた。
「――よし」
悩みに悩んだ隆之介はスマートフォンを放り出してこの件については二度寝をして忘れることにした。しかし画像の保存は決して、決して忘れないのであった。
今日ほど神様なんていないと思った日はなかった。それか、神様はとんでもなく意地汚い天邪鬼が憑依しているような性格に違いない。
なぜそう思ったのかというと、あれほど森乙葉に遭遇しませんようにと朝から願い続けていたのに反して、今日に限って登校途中で出会ってしまったからだ。
物陰からひょっこり出てきた乙葉は隆之介に逃げる間も与えずに詰め寄ってきた。その動きはまさに忍の者のごとし。
「あの……おはようございます、先輩」
「ああ、おはよう」
彼女には説教をしなければいけない気がする。……いや、あれは夢でしかないはずだ。送られた謎の自撮り画像も、きっと様々で色取り取りでそして複雑怪奇な巡り合わせで隆之介の下に来たに違いない。風が吹いたら桶屋が儲かると言うではないか。
彼は努めて平静を装う。
「久しぶりだな」
「……そうですか?」
「そうだよ」
「では……その、見てくれましたか?」
「見てない」
食い気味に答えた後、いくら何でもわざとらしかったかと内心で焦る隆之介。見ましたと白状しているに等しい態度である。
「何を、とはまだ言っていないのですが……先輩?」
早速バレてしまった。隆之介は己の演技力のなさに絶望した。
どうやら今朝のあれは個人の夢ではなく、隆之介と乙葉の意識が集まる場所のようだった。あるいは夢は夢であっても、二人が共有して見る夢。
床に就く時間は二人とも違ったようなので、もしかしたらレム睡眠に入るタイミングが重なったのが理由かもしれません。それか先日話した影響で自己が変容した結果も考えられます。しかしそれでは連絡先を知ることができたのに説明ができませんね……。
そう乙葉はぶつぶつと推測していたが、隆之介には内容の半分くらいしかわからなかった。
話して分かったことは、そこではそれぞれが自由に行動と意思疎通ができ、その間の記憶もしっかりと残っているということ。
「だから俺に連絡できたんだな。でも自撮りまで送ってくるとは正気かよ」
「え? でも、先輩が送ってくれって……」
「……やっぱり言ったよなあ。悪かった、冗談のつもりだった」
「いえ、私もよく考えないで送ってしまったので……。先輩、あの写真は消してくれましたよね?」
「消してない。家宝にするからな」
「や、やだ。消してください!」
「ダメだ。末代まで脈々と受け継いで――冗談だ。泣かないでくれ」
その後も削除を念押しする乙葉だったが、結局隆之介はあの画像を消すことはなかった。とは言え、彼にしてみれば記念コインくらいの感覚でしかなかった。
それよりも、自分たちが夢を共有している理由の見当すら付かなかった方が気がかりであった。乙葉の方はなぜかそれほど気にしていない様子である。
「……あの先輩? もしよければ今日はお昼をご一緒に……」
何に例えたものか。そう、まるで堀に囲まれているが裏門を開けっぱなしにしている城のような。彼女はどうしてそのような造りになってしまったのだろうか。
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