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この日の講義は三時間目までだったので、奏は三時前には大学を出ていた。友人と駅の近くで別れた後、奏は誰かに見られているような視線を感じた。
また、誰かにつけられている。
奏は、ここ数ヶ月、誰かにつけられている。その理由はわからない。人に恨まれるようなことをした覚えはない。奏としても得体が知れない者にはあまり触れたくない。
奏は近くに岸江公園に足を向けた。
この公園は割と広く近隣のジョギングコースとしても利用されている。季節の花々も植えられており、今は紫陽花が遊歩道の彩りとなっている。
「……やっぱり、ついてくるのか」
奏の背後を何者かが歩いている。
ただの通行人とは異なり陰湿な波長だ。決して心地いいものではない。
「平穏な生活を邪魔されたくないしな、つかまえるか」
面倒は避けたかったが、奏の望む平穏な生活のため、追跡者を捕まえてみることにした。
人並外れた運動能力を持つ奏だが、運動で目立ってみたいとは思わない。
誰にも邪魔をされずに、平穏な日々を過ごすこと、それが望みだった。逆にその平穏を害するものは許しがたかった。
奏は遊歩道を少し外れ、繁みへと足を踏み入れる。何も知らない人が見れば、遊歩道をショートカットしようと木々の間を歩いているように見えるかもしれない。
奏は、素早くある木の陰に隠れるように入る。
近づいてくる追跡者を力づくで追跡者を抑えるつもりだった。
周囲を見渡しながら追跡者は奏の隠れる木へと距離を詰めてきた。陰湿な波長を出しているの追跡者は男で、何とも怪しげなベレー帽にサングラスだった。
「あれじゃあ、『僕は怪しいです』って言ってるようなものだけどな」
その姿に奏は苦笑する。ただの独り言だった。ベレー帽の男には負けないだろうと余裕を持っての発言だった。
「本当にそうね」
背後から声がした。
突然の声に奏は驚き、木陰から飛び出した。危険を感じ、距離を取ったのだ。
驚いたのは追跡者もまた同じだった。木陰から飛び出してきた奏に驚き、身を翻し走り出した。
「あ、待て!」
奏は叫んだが、追跡者は止まるはずもなく逃げて行く。
このまま追うことも可能だったが、謎の声の正体がわからないままにしたくなかった。
さっきまで自分が隠れていた方向を見ると、奏と同世代ぐらいと思われる長い黒髪の女性が立っていた。
その女性は、大きな瞳で奏を睨んだ。
「レヴィって……使えない」
その女性は、意志の強そうな大きな瞳で奏を睨みながら、そう言った。
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