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少年が追いかけてこないことを確認して、奈美は走るのを止めて歩き始める。奏もそれに倣い、歩き始める。
「ハァ……、なんで、あんなギリギリに迫れるまで気づかないのよ!」
息切れをしたままで奈美が叫んだ。「気づかなかったのはそっちもだろ」と奏は心の中で突っ込む。
「まぁ追いかけてこないみたいだし……、よかったけど」
「あいつ……なんで僕を?」
「それは君が『鍵』だからさ」
その声は、奈美の声ではなかった。
低い男の声だった。先ほどの少年とは異なる人物だった。
髪の長い冷たい目をした男だった。男は、唇の端だけをあげて笑い、顔だけを右に傾けた。
「君はいらない。用があるのは、彼だけだ」
奈美に笑いかけると髪の長い男は、そばに立つ樹木に左手を触れた。
「まずい! 貴方は逃げて!!」
叫ぶと同時に奈美は走り出す。遊歩道から外れた繁みの中へと。奏も後を追いかけようとするが、
「君はいかなくていい。彼女は僕の『渇き』の力で消えてもらう」
「『渇き』……?」
「僕は、アストランチアノの力を持っている」
「それも花の名前……だったり?」
「そうさ。花言葉は『愛の渇き』。僕は大地の水分をかき集めることができる」
髪の長い男と奏が立つ地面が雨上がりのようにぬかるんできていた。
「ほら、もうすぐ彼女の走る場所は水分が枯渇し、空洞だらけの水脈が通る地面となり。地表はひび割れ、崩れ落ちる。もう止められない」
「なっ!」
*
奈美は地表を蹴る足が土にめり込んだような気がした。
「え!?」
自分の考えを自分で否定する。足元の地面が雨の降らない土地のようにひび割れ始めていた。日照りで乾いた土地のようだった。
「なんか……ヤバイ!!」
叫んだときには遅かった。解体のために爆破されたビルのように足元の地面が崩れていく。崩れていく地面の隙間からは闇が見えた。
足元の地面がなくなり奈美は戸惑った。体制を立て直したくてもその足を置くべき地面が崩れていく。
「な……」
奈美はバランスを崩した。しかし、その身体は倒れることはなかった。
何かが奈美の身体を支えた。
なに? 思わず奈美が振り返ると、そこには奏がいた。
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