Encounter

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――ピンポーン  授業が終わり友人の誘いを断って早めに家に帰った僕がいつもの如くゲームをしているとチャイムが鳴った。やり始めたゲームを中断して面倒臭そうに玄関へ行くと、そこには姫咲さんの姿があった。 「ひ、姫咲さん!? ど、どうしたん……ですか?」 「急にごめんなさい。これ、落とし物……落ちてましたよ」  彼女に手渡されたのは僕の学生証だった。 「え……あ、ありがとうございます」 「拾った場所が遠い所だったので交番に届けようかと思ったのですけど、まさか犬房さんの学生証だったとは……」 「あ……良かったです。拾ってくれたのが姫咲さんで」  ……もしやこれはチャンス!? こんな棚から落ちてきたぼた餅以上にラッキーな出来事はそうそうない。世間話をするついでに気になっていた事を聞くべきか、ここはお礼と称して部屋に入ってもらうべきか。  無理だ無理だ、どれも無理だ。緊張し過ぎて言葉が出ない。 「それじゃあ……またね」  待って待って待って下さいッ!! えっと……何か喋らないと……。  僕があたふたしていると、姫咲さんは踵を返してドアノブに手を掛けた。しかし一瞬世界が止まったように固まった後、彼女はこちらを向き直した。 「犬房さんって猫飼ってます?」 「え……あ、あぁ、実家の猫です。今預かってるだけでして……」 「やっぱりいるんですね」  姫咲さんは両手をポンと合わせると、首を少しだけ傾けてニコニコとこちらを見つめる。  吸い込まれそうな澄んだその瞳を見ていては僕の心臓が持たない……だけどずっと見ていたい。  あれ……これってまたとないチャンスでは!?  しかもチャンスがこんなに続くなんて運命では!?  僕は無言で慌てて部屋に入り、急いで猫を担ぎながら姫咲さんの前に差し出した。 「……」  しまった……。猫が好きとは言ってないのに何だこの謎の行動は……。もし姫咲さんが猫アレルギーや恐怖症だったらどうするんだ? 完全に嫌われる……って猫が苦手だとは決まってない。いやいや……好きだとしてもこれは無いだろ。それ以前にまずは猫が好きかを聞いて部屋に誘って……ってのが最善策なはず。 「す、すみませんッ!!」  猫を持ちながら咄嗟に謝ると彼女から笑顔が咲き乱れ長く綺麗な指で猫を撫でる。折れてしまいそうなほど細くしっとりとした肌の腕を伸ばしてきたその行動に僕はドキッとした。 「可愛い……抱かせてもらってもいいですか?」 「は、はい……」  猫を姫咲さんに預けるというそれだけなのに、僕の鼓動は大きくなっていく。だって近すぎる……僕には刺激が強すぎて倒れてしまいそうだ。 「もしかしてこの子、ミヌエットですか!?」 「ミヌえ……?」  猫の種類……かな? 三毛猫くらいしか知らない僕にはよくわかわないが、彼女が嬉しそうにしているならそれだけで幸せだ。この瞬間を写真に納めたい。 「犬房さん、この子何て名前ですか??」  姫咲さんは愛おしそうに猫を撫でながら聞いてきた。 「え……名前……」  名前……何だ? 「名前聞いてないんですか……」 「さっき急に預かったばかりでして……」  ああ……スゴい言い訳臭い……。呆れられただろうか。  そう思って姫咲さんの顔を見ると、全く僕の事は見ていなかった。そして好きなだけ猫を撫でくり回すと帰って行ってしまった。  ほとんど何も話せなかったし、全く良いところを見せられなかったがそれでも彼女と同じ空間に居られたという事実だけで幸福感があった。  しかしそれだけではなく収穫もあった。彼女は相当猫が好きでとても優しい事。どの角度から見ても可愛いという事。  姫咲さんの顔を思い出しながら猫を見ていると、首輪にプレートが付いている事に気付いた。【アトネック】……これ名前か。  ん……アトネック? ATNEK?? ケンタ?? 「って僕じゃんッ!!」  僕がひとり暮らしした途端飼い始めた猫に息子の名前をつけるかぁ? ……せめて犬にしろよ。というか、何か知りたくなかったぞ……この現実。しかも短足なところがちょっと似てて何とも言い難い気分。  溜め息をもらしながらベッドに倒れ込んだ僕は親の事なんてすぐに忘れ、先ほどの姫咲さんの顔を思い浮かべてそのまま眠りについた。
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