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「もういい!」
女性の大きな声に、思わずびくっと身体を揺らす。
「どうせ、あたしのことなんか好きじゃなかったんでしょ」
「好かれてると思ってたんだ」
彼の言葉に彼女は驚いたように目を見開き、そして唇を噛んだ。
「……最低」
勢いよく男の頬を叩き、女性は立ち去ってしまう。その後ろ姿を呆然と見送り、私はハッとする。他人の修羅場を眺めている場合じゃない。それも、こんな近くで。何事もなかったかのように通り過ぎようとする。
「ねぇ」
しかし残された彼はそうさせてくれなかった。引き攣った顔で振り返る。道に落ちていたリュックを拾い、彼は無表情のまま私を見る。
「……何でしょうか」
「見てわかるでしょ。困ってんの」
困ってなさそうな顔で淡々と言う。この状況に困っているのは私の方だ。そんなことを思いながら、ほぼ無意識に傘を彼の方へ傾ける。ずっと雨に打たれていたため、髪から水が滴っている。そこで初めて、身長が私より少し高い程度だと気が付く。無表情のままだが、男は眉をぴくりと動かした。
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