プロローグ

3/12
前へ
/74ページ
次へ
「もういい!」  女性の大きな声に、思わずびくっと身体を揺らす。 「どうせ、あたしのことなんか好きじゃなかったんでしょ」 「好かれてると思ってたんだ」  彼の言葉に彼女は驚いたように目を見開き、そして唇を噛んだ。 「……最低」  勢いよく男の頬を叩き、女性は立ち去ってしまう。その後ろ姿を呆然と見送り、私はハッとする。他人の修羅場を眺めている場合じゃない。それも、こんな近くで。何事もなかったかのように通り過ぎようとする。 「ねぇ」  しかし残された彼はそうさせてくれなかった。引き攣った顔で振り返る。道に落ちていたリュックを拾い、彼は無表情のまま私を見る。 「……何でしょうか」 「見てわかるでしょ。困ってんの」  困ってなさそうな顔で淡々と言う。この状況に困っているのは私の方だ。そんなことを思いながら、ほぼ無意識に傘を彼の方へ傾ける。ずっと雨に打たれていたため、髪から水が滴っている。そこで初めて、身長が私より少し高い程度だと気が付く。無表情のままだが、男は眉をぴくりと動かした。
/74ページ

最初のコメントを投稿しよう!

51人が本棚に入れています
本棚に追加