【夜鷹の怨霊】四

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【夜鷹の怨霊】四

昼九つ(午後12時)頃にもなると、 桜町の表は昼食を食べる為、 町人達は飯屋の前に長い行列を作って並んでいたり、 大工達は角材の上にどかりと座り、 妻達が作った握り飯を旨そうに頬張る。 ぐーきゅるるう~、 番所の外で待っていた茂十郎の腹が正直に音を鳴らした。 「っ…………」 恥ずかしくなり、 茂十郎は自分の腹を両手で押さえると、 門番をしている炭助にちらりと視線を向けてみる。 「……豪快な腹の虫だな? お侍ってのも、 偉そうぶってる癖して、 腹の虫は正直ってか? 」 にやりと笑って炭助は茂十郎を上から見下ろす。 「うっ……五月蝿い。 こっこれは不可抗力って奴だ!! 」 耳まで真っ赤にさせると、 茂十郎は言い訳をして炭助から顔を背けた。 ……くぅっ!! やくざ者にまで醜態を晒してしまうとは……不覚だ!! これ以上……伝七に花山様の前で良い顔をさせては置けん!! 私も何か手柄となる情報を得なくては……!! あわあわと、 一人茂十郎は百面相した後、 得意気な伝七の顔を想像して勝手に怒りを覚えると、 くわっと目を見開き決心すると拳を握る。 「……そっその……お前の親分から聞いたのだが……昔、 娘夫婦を侍に斬り殺された様だな? 」 冷や汗を掻きながら茂十郎は炭助に話し掛けた。 「ああん? だから何だって言うんだ!? 亡くなったお嬢さん達を馬鹿にするなら俺だって承知しねえぞ!? 」 お三代と豪吉を馬鹿にされたと勘違いし、 炭助は頭に血が登り茂十郎を怒鳴り付ける。 「ちっ違うんだ!! 誤解だ!! 決して私は娘夫婦を馬鹿にするつもりなどない!! 」 ビックリした茂十郎は慌て炭助に弁解して何とか説明しようと試みるが……。 「侍ってのは、 口から幾らでも出鱈目が言える!! そんな事言ったって、 腹の底では笑ってるに決まってるだろうが!! 」 それでも炭助は首を横に振り否定すると、 茂十郎の胸ぐらを掴み持ち上げる。 「……本当だ。 私は決して娘夫婦を軽んじたり、 馬鹿にしたりはしていない。 ……ただ、 こんな私に何が出来るか分からないが……同じ侍として、 罪無き娘夫婦を殺めた侍に私は怒りを感じている。 ……せめて、 下手人の侍の名だけでも知りたいのだ。 」 今にでも泣きそうな表情で、 茂十郎は抵抗する事も無く、 炭助を真っ直ぐ見据えてはっきりと自分の気持ちを伝えた。 ……こいつ……目が真っ直ぐだ……本気でそんな事を……。 今まで汚い侍が好き勝手やっていたから……皆、 侍は同じだと思って居た。 ……だけどこいつは……違うみたいだな……。 茂十郎の真剣な目を見て、 本心だと分かり、 炭助は未だに根強く残る侍の偏見をぐっと押し留めると、 少し乱暴だが茂十郎を突き飛ばすように手を離した。 「うわ!? おっとと……!!」 急に手を離され、 茂十郎は体勢を崩しそうになるが、 何とか足で踏ん張り堪えた。 「気に入らねぇが、 お前の目に免じて教えてやるよ」 「……私の目に免じて……だと!? まさか……お前……私の目にやくざの焼き印でも入れるつもりか!? それでは私が盲人(盲目の人)になってしまうではないか!? 」 ぶっきらぼうに炭助が言うと、 茂十郎は自分の目に焼き印を入れられてしまうと勘違いし、 青ざめながら涙目になって文句を言う。 「違うわ!! ったく、 どんな想像すればそんな発想が出るんだよ!! 」 心底呆れた顔をして炭助は茂十郎に突っ込みを入れた。 「え? 違うのか? 良かった……」 茂十郎は目に焼き印を入れられないと知り、ほっとして乱れた襟元を直す。 ……何なんだ? こいつ……おっちょこちょいって言うか……頭が花畑なのか? ……変な事想像しやがって……誰が目にやくざの焼き印なんか入れるんだよ? ……んな事やったら親分や権吉さんに御叱りを受けちまうだろうが……。 茂十郎の天然振りが余りにも吹っ飛んで居るので、 炭助は目を細め呆れ果てると溜め息を溢すのだった。 「……良いか? 俺が教えたってのはくれぐれも誰にも言うなよ? 」 「大丈夫だ!! 私はこれでも口が硬い!! 」 炭助に釘を刺されるが、 茂十郎は力強く答える。 「……そんじゃ教えてやるよ。 下手人の名は川口八衞門。 隠居した元若年寄川口七ノ介って奴が父親らしいぞ」 炭助は茂十郎を真っ直ぐ見据えて教えた。 「……川口七ノ介……」 だが、炭助から父親の名を聞いた途端、 茂十郎は頭から冷水を浴びせられたかのように固まる。 ……その名は……五年前……私が江戸城で刃傷事件を起こして斬り付けた若年寄の名だ……。 ……あの日……私は……御用部屋で……若年寄と来客で来ていた他藩の老中の会話を聞いて……頭が真っ白になった……。 ……目を醒ましたら……床に寝かされていて……兄から事件の顛末と……側用人解任の処罰を聞いた……もし……全てが…… 断片的に五年前の事件を思い出し、 茂十郎は青ざめると視界がぐらりと反転するような目眩も感じるが……何とか気力だけで足に力を入れる。 ……全てが……関係するのだとしたら……私の中に…… 茂十郎は身体を震わせると、 頭が真っ白になる直前の自分を今一度振り返る。
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