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5 晶鈴の日常
外敵と戦乱もなく穏やかな数年が過ぎる。晶鈴は着実に力をつけていき、朝廷にわずかながら貢献していった。彼女の専門は数か月の状況を繊細に観ることができた。本来は、王族に関することのみを観るが、こっそりと心付けを渡し、個人的なことがらを観てもらうものを多数いた。その行為は暗黙の了解で、とくに禁じられていなかった。彼女の技術も向上するし、多少の臣民の把握にもつながることだったからだ。相談してくる内容が、反政府に関することでなければ特に問題はない。
「晶鈴どの、晶鈴どの」
ふらふら歩いている晶鈴に茂みから、手をこまねくものがいる。腰まで伸びたつややかな栗毛を翻し、晶鈴は澄んだ泉のような瞳を向ける。振り向くと、昇進したばかりの図書を管理する張秘書監が赤ら顔で明るい顔を見せる。
「張秘書監、どうしました?」
「ちょいとお礼に。おかげさまで長官になることができました」
もそもそと懐から布にくるまれた金でできた貝貨をとりだす。
「ああ、もうそんなにいいわ。わたしが何かして長官になったわけじゃないから」
「いえいえ、どうぞどうぞ。もう一つ相談が……」
「そうなの? 何かしら?」
張秘書監はきょろきょろして、袖で隠すように耳打ちする。
「娘に縁談が来てまして、それが3件いっぺんに来たのですよ。どこを嫁ぎ先にしたらいいものかと……」
「どこでも選んで大丈夫? お断りできないとこはないのかしら」
「それは大丈夫です。娘も私の判断でよいと言っておりますし」
「そうなのね。じゃあ観てみます。こちらへどうぞ」
「ありがとうございます!」
占い師見習いから占い師助手になっている。もう数年すれば占い師女博となり、後進を育てる立場にもなるだろう。今は見習いの宿舎から小さいながらも一つの小屋を与えられている。そして一人だけ身の回りの世話をする年若い下女がついていた。静かな庵の周囲には、色々な花が植えられているが、香りのするものはない。草原育ちの彼女にとってかぐわしい香りは、占いの邪魔になるのだった。
「そちらへどうぞ。春衣。ちょっと外で邪魔が入らないように見張ってて」
「わかりました。晶鈴さま」
晶鈴は中に張秘書監を案内し、下女の春衣を外に出す。二人は履物を脱ぎ、低い卓の前に腰掛ける。小さな小屋ではあるが、硬くしなやかな材木のおかげで、きしむ音はしない。防音されているようで全くの無音の部屋になっている。長い袖の中から、濃紺の絹織物の包みをとりだし、丁寧に広げる。広げた布の中にはまた一つ布袋が入っている。手のひらの乗るほどの布袋を膝に置き、晶鈴は婿候補の名前を尋ねる。
「苗字は言わなくていいわ。余計なことは知りたくないから」
「は、はあ。じゃ、じゃあ申し込んできた順に――幸、凱、頼です」
うんうんと聞きながら、晶鈴は小袋に手を差し込み、一つ、また一つと紫色の小石をとりだす。3列に3段並べ見比べる。
「そうねえ。幸さんはあまり出世はしないけど家を大事にします。凱さんは出世するけど家にあまりいない。頼さんは食うに困らないけど、人任せにするわ」
晶鈴の言葉を聞きながら、張秘書監はうーんと唸る。
「これは誰を選べばいいんじゃ」
「そうねえ。三者三様ねえ」
「晶鈴殿なら誰にします?」
「えー。私? さあー。聞かれても困るわ。私のことじゃないし。決めるのは当事者でしょ」
「まこと、まこと。おっしゃる通りで」
ふうっと大きなため息をつき張秘書監は立ち上がる。
「あら、お帰り? お茶は?」
顔の横で手を振り、張秘書監は「ちょっと夫人と相談します」と難しい顔で頭を下げて出ていった。晶鈴は静かに笑んで恰幅の良い後姿を見送った。
石を片付けていると、春衣が戻ってきた。晶鈴よりも一つ若い彼女は、尊敬のまなざしを向ける。
「晶鈴さまのように何か才があれば、結婚で夫選びに困ることはないんでしょうね」
「そう? どうして?」
「夫がいなくても生活ができるからですよ」
「うーん。確かにそうだけど、だれかと一緒のほうがいいと思うわよ?」
「そうですか? わたしの母は、父が酒にだらしない人でしたから苦労の連続でしたよ。母に生活の糧を得る手段があればよかったのですが」
春衣は母が夫の経済に頼るしかできない生き方を見てきたので、宮廷で下女という職を求めてきた。
「晶鈴さまなら、殿方に勝るとも劣らない出世が見込めますしね」
「さあ。このまま助手かもよ」
この王朝を開いた武王によって、男女問わず才を優遇される時代となっている。女の身であっても高官を望むこともできるのだった。ただ晶鈴には出世欲は皆無だった。
「ああそうだ、さきほど慶明様がいらしたのですが、占い中とお伝えしておきました」
「そう。なにか用事があったのかしら?」
「いえ、通りがかりだそうです」
「そっか。慶明は忙しいのかしらね」
「籠にたくさんの薬草を摘まれてました」
「また何か新しい薬が出来上がるかしら」
時々、新薬を作り出し慶明は自分の身体で確かめているようだった。また確かめる前に晶鈴に効果の有無や害を尋ねる。彼のほうは順調に出世街道を歩いているようだった。
晶鈴は周囲の人たちの願望や欲望を静観してきた。みんな何かしら目的があるようだ。決して冷めているわけではないが、常に平常心である自分は他の人と違うと感じている。その平坦さが、占い師たるゆえんであるが自己分析をすることはなかった。
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