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一 四月三十日、木曜日、晴れ
ああ、今日もイケメンだなぁ。
前の席から振り向いて、数学の小テストの用紙をわたしに渡してくれた。そしてわたしだけに聞こえるくらいの声で、こっそり「問三、さっきやった問題だね」って声をかけてくれて、にっこりと笑った。
たったそれだけのこと。それだけなのに、わたしの心は弾む。
一年三組、出席番号二十四番、戸川ハヤテくん。
北小学校出身、サッカー部。運動神経がよくて、とても明るい性格で、みんなに優しくて、笑った顔がめちゃくちゃかわいい、うちのクラスの人気者。席順は、廊下側から二番目の列、前から三人目。つまりわたしの前の席。
でも、それだけしか知らない。もっと、彼を知りたい。話したい。
こんなにも彼のことが気になるのは、もしかすると、これって……?
そんなことを考えていると、テストの時間があっという間に過ぎていることに気づく。
やばい、名前しか書いてない!
わたしは普段あんまり使わない頭をフル回転させて、なんとか必死に解答欄を埋めた。うちのクラスの担任でもある数学の佐伯先生が「そこまで!」と声を張り上げると同時に、シャーペンを置く。
ま、間に合った……合ってるかなんて知らないけれど。
「中井さん、へいき?」
机に突っ伏して燃え尽きていた私に、また戸川くんが振り向いて声をかけてくれる。
相変わらずの戸川くんの優しさが、一仕事を終えて疲れ切っていたわたしの心に沁みる。
「うん、大丈夫。難しかったぁ」
わたしは体を起こして、後ろの席から回ってきた解答用紙を回収し、前の戸川くんに渡す。彼もまた同じ動きをしながら、わたしに話しかけてくれる。
「ほんと!特に問三!さっきやったばっかりの問題かと思ったら、同じようにやると途中の式でどうしてもマイナスになっちゃうんだもん。焦ったぁ」
え?
「うそ、マイナスの式になんかなった?」
「なるよ。そのせいで何回計算しても答えまでマイナスになっちゃうの。あれは油断させておいて、まさかのひっかけだったね」
マイナスなんて気が付かなかった。正直、さっきのテスト、その問題しか自信なかったのに。
「あぁー、やっちゃったぁー!」
絶望するわたしに、戸川くんは少し困ったような顔で「ドンマイ!」と言ってくれる。
その顔もそれはそれで、かわいく思えて。
つい、数学のテストなんか、どうでもよくなってしまうのだった。
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