一 四月三十日、木曜日、晴れ

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 席が前と後ろのよしみで戸川くんはよく話しかけてくれるけれど、別にわたしはこれといって目立つものも特技もない、ごく普通の女子中学生だ。  さっきの小テストの結果通りとくに頭がいいわけでもないし、ましてや、顔がかわいいわけでも、運動神経がいいわけでも、面白いことが言えるわけでもない。  漫画を読むことと、落書きと、お菓子作りが趣味の、どっちかと言えば地味なほう。  そんなわたしでも、戸川くんはいつも話しかけてくれたり、気付かってくれたりする。  それが、いつもすごくうれしいんだ。  その次の、三時間目の体育。今週から競技は、戸川くんの大好きなサッカーになっていた。  放課後、下校前にこっそり見る部活中の戸川くんは先輩たちと準備運動ばっかりしていて、ボールを蹴っているところはあんまり見たことがない。  戸川くんがサッカーをしてるところ、どうしても見たい。  そんなことを考えながら、わたしは、誰かがすっとばしたサッカーボールを追いかけつつも、隣の男子サッカーのフィールドをチラ見していた。  ちょうど、自陣(じじん)のゴールポストの前で相手のボールを鮮やかにカットして、生き生きとドリブルで駆け上がっていく彼。  そんな戸川くんに、ついくぎづけになる。彼の動きしか、目に入らなくなってしまう。  ……これ、やっぱり、好きってやつなのかな。  でも、戸川くん、絶対人気あるからなぁ。  そんなことを考えながら、わたしはなんとか校庭の隅までころがってしまったボールに追いついた。かけ足でサイドラインまで戻り、ボールを両手で頭の上まで持ちあげる。  チームメイトたちの声が飛び交う中、わたしは悩んでいた。 「ヒナ!こっちこっち!」  さて、誰にボールを投げようかな。 「中井(なかい)さん、こっちも行けるよ!」  それにしてもどうしたら、戸川くんに気持ちを伝えられるんだろう。 「一回落ち着いて、ボールを戻してもいいよ!」  そうか、一旦落ち着くのも大事だな。ガンガン行っても引かれたらショックだし。 「ヒナ!一回こっちでボールもらうから、そのまま突っ走れ!」  あぁ、でもやっぱりわたしは駆け引きなんてできないから、ここは思いのまま、突っ走って戸川くんに告白した方がいいのかも……!  そんな思いに()り立てられるように、わたしは大きくふりかぶってボールをフィールドの中に思いっきり投げ入れる。  そのとき、背後からホイッスルの音と「戸川すげぇ!」なんてはしゃぐ男子たちの声が聞こえた。  あ、戸川くん、あのままシュート決めたんだ。やっぱり、かっこいいな……。  そんなことを思いながら、思わずまた男子サッカーの方をちらりと見てしまう。  そのとき、チームメイトの叫び声が聞こえた。 「ヒナ、危ない!」 「え?」  その瞬間、わたしは蹴り返されたボールを思いっきり顔面にくらっていたのだった。
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