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重いまぶたをうっすら開ける。最初に見えたのは、明るい蛍光灯の光だった。どうやら寝ていたらしい。ここ、どこだろう。
なんだか鼻が痛い気がする。そういえば、サッカーの途中だったっけ。あの時たしかわたしは戸川くんのことばっかり考えていて、そしたら飛んできたボールをよけきれなくて、それで……。
記憶を辿り、なんとかなにがあったかを思い出す。あぁ、どうりで鼻が痛いわけだ。
ということは、ここは保健室だな。中学になって初めて来たなぁ。
そんなことを考えながら体を起こし、ベッドを囲っていたカーテンを勢いよくしゃっと開けた。
「うわっ!」
カーテンの向こう、そこには、驚いた様子でこっちを見ている黒ぶち眼鏡の男子生徒がいた。
今日はこんなにあったかくて晴れているのに、制服の学ランを着込んで、しかもご丁寧に第一ボタンまで締めている。そんな彼の驚きように、思わず私もびくっとしてしまう。
「えっと……だれ?」
困って、つい彼に聞いてしまう。上履きのつまさきはわたしと同じ赤なので、おそらくわたしと同じ一年生だろう。
彼は眼鏡を指で押し上げてから、口を開く。
「ぼくは……、えっと、保健委員みたいなものです。目が覚めたんですね。痛いところはありませんか」
「あ、特には……。ちょっと鼻が痛む気がするけど、そこまででもないから平気かな」
「それはよかったです。
ノゾミ先生はちょっと席を外されていますけど、すぐ戻ってくるはずです。それまで、もう少しゆっくりしていればいいと思います」
そう言って彼は椅子に座り直し、本を開いて読み始めた。
……どうやらわたしと話す気はあまりないようだ。
ちょっとだけ気になることがあったので、わたしは彼に尋ねる。
「ノゾミ先生って?」
「養護教諭の山本先生のことです。先生ご自身がそう呼べって言うから、呼んでます」
ヨーゴキョウユ……。それって、保健室の先生のことだっけか。そんな風に考えながら、わたしは「ふうん」と生返事をする。
まだ彼と二言三言しか話していないけれど、彼の話す言葉は丁寧すぎて、なんだか同じ歳とは思えなかった。
「ねぇ。同じ一年だよね。何組?」
見たこともない彼のことが気になって、思わず聞いてみる。
すると彼は少しわたしの方を見てから、また視線を本に戻して、ぶっきらぼうな様子で口を開いた。
「……三組です。あなたと同じです、中井ヒナさん」
「えっ!?」
フルネームで名前を呼ばれて思わずドキリとする。
中学生になって一か月、人の顔と名前を覚えるのがわりと得意なわたしは、さすがにクラスメイトのことは全員覚えたつもりでいた。それでも、彼の顔は、クラスメイトの名前とは一致しない。ということは。
わたしは、ひとつの可能性を思いつく。その答え合わせをしようと、ゆっくりと言葉を選びながら彼に声をかけた。
「えっと……。話すのは、はじめてだね。渡会くん」
そう言われた彼は、わたしをちらりと見てから、また視線を本に戻した。
否定しないということは、きっと正解なんだろう。……ちょっとわかりづらいけれど。
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