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原田蓮は東京の片隅にある小さな病院で、ひっそりと生まれた。
シングルマザーの母親は夜の仕事で忙しく、幼い蓮は古びた木造アパートの一室でひとり、小さな窓から空を眺め、長い時間を過ごした。
母親が男を連れて帰ってくると、蓮は押入れの中に押し込まれた。扉の隙間から外を覗くと、男が母親の上に跨っていた。母親は嬉しそうに喘いでいる。蓮は暗闇の中でぎゅっと目を瞑り、小さな手のひらで両耳を塞いだ。塞いでも響く母親の声は、まるでイバラの棘のようだった。
毎晩のように繰り返される儀式。それが何なのか、蓮にはわからない。ただ、怖かった。
そんな日々が、ある日突然、真っ白に消えた。
寒い冬の夜、蓮は押入れの中で目を覚ました。凍える手でゆっくりと引き戸を開けると、辺り一面が真っ黒な煙に包まれていた。布団の上で眠る母親の身体を揺さぶったが、目を開けてくれない。その隣で横たわる男も眠ったまま、動かない。蓮は泣いた。目覚めない母親の傍らで、蓮はすすり泣きながら、意識を手放した。
再び目覚めた時、蓮は病室のベッドの中にいた。後に教えられた事は、幼い自分だけが助かったという事実だった。
◇◇◇◇◇
「私が社長のご子息の家庭教師を?」
情事を終えたばかりの火照った身体を起こし、蓮は隣で横たわる光石の顔を覗き込んだ。出会った頃には無かった目尻の皺が目に入り、同時に愛しさが募る。光石は両腕を伸ばして蓮の身体を抱き寄せ、蓮の唇の縁を舌先でなぞった。その表情は悪戯をする子供のようで、蓮は頬を緩め微笑んだ。
「社長」
第二ラウンドへ入る前にと、蓮は光石の身体を押し返しながら、再び口を開いた。
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