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「おかえり」
寝起きの声に振り返ると、右手で右目を擦りながら、ふてくされ気味の表情でこちらへ歩いてくる肇の姿が見えた。
「ただいま。ご飯はすぐ出来るから、もう少し待ってな。先にシャワーを浴びてくるよ」
「ご飯、なに」
「親子丼」
肇の口角があがった。よしよし。
肇の両腕に身体を引き寄せられ、ぎゅうと抱きつかれた。百七十五センチの蓮の身長は既に抜かれていて、少し見上げる位置に肇の瞳がある。社長は百八十を越えているから、肇もまだ伸びるのだろう。自分に抱きつく大きな子供の背中をポンポンと叩き、愛情表現に応えるが、動く気配がない。
「肇、シャワーを浴びたいんだが」
「俺はいま原田を摂取してるんだ、邪魔するな」
わがまま王子だ。
首筋に肇の鼻があたる。スンスンと匂いを嗅がれて、思わず笑ってしまう。
「匂いを嗅ぐな」
「原田のにおいだ。好きなにおいだ」
肇の物言いはストレートだ。親しくなればなるほど、真っ直ぐな愛情表現を惜しげもなく披露してくる。出会った当時を思い出せば、その違いに笑みがこぼれる。随分と懐かれたものだ。
「離してくれないといつまでもご飯が食べられないぞ」
そういうと渋々離してくれた。腹は空いているらしい。
烏の行水並みの早さでシャワーを浴びてキッチンに戻ると、肇がみつばを切っていた。
「手伝ってくれるのか」
「手伝う」
「じゃあ、卵を溶いてくれるかな」
ぎこちない手つきで卵を割る肇を横目に、蓮は微笑んだ。そのうち料理を作って待ち構える肇を見れるかもしれない。
鍋に水と調味料を入れて鶏肉を軽く煮る。灰汁をとったら玉ねぎを入れて更に二分ほど煮た後、卵の半量を入れて蓋をして数十秒。蓋をとって残りの卵を入れて一分ほど煮たらとろとろ卵の親子丼の完成だ。
炊き立てのご飯の上にかけて、食卓へ並べる。肇と向かい合わせで座り、いただきますと声を合わせた。
「うん、美味いな」
自分の舌で確認してから肇を見ると、既に頬を膨らませてがっついている。美味しいらしい。目が合うと、素直に微笑まれてなんだかこちらが照れてしまう。
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