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「珈琲もおいしい」
「今日も後からお友達がいらっしゃるんですか?」
マスターが問いかけると、微笑んでいた女性の表情が曇った。再び珈琲を口にする。マスターは彼女の次の言葉を待った。
「……私、今日誕生日なんです」
「それは、おめでとうございます」
「私、『すみれ』って名前なんですけど、由来が私の産まれた病院の庭にたくさん咲いていたからだそうなんですよ。安易ですよねー」
そう言うとすみれは、また珈琲を口にする。マスターは、話を促したりはしない。お客さんのペースで話し出すのを待つ。
その間に聴こえてくるのは、BGMのピアノの音色だけ。
すみれが、カップを置く。さらに少しの沈黙のあと、話し始めた。
「半年前、ケンカしたんです。友達と。……ケンカって言えるのかな?どっちも悪くないのに、我慢出来なくて……」
他のお客さんが来る気配もないので、マスターは自分用の珈琲を注ぎながら、すみれの話に耳を傾ける。
「彼氏に二股かけられたんです。私も彼女も純粋に彼のことが好きで、付き合ったのは私が先だったんですけど、それを隠して彼女とも付き合ってて……。本当に、悪いのはその男だけなんですけど、百パーセント怒りをそいつにぶつければよかったんですけど、まだ好きだったから彼女にもぶつけちゃって。その後はお互い、売り言葉に買い言葉」
「そう」
マスターが軽く相槌を打つ。こんな風に店内に一人だけだと、恋愛話をするお客さんは多い。中には、浮気や不倫の話を吐き出す人もいる。マスターにとっては、珍しいことではなかった。しかし、当事者にとっては大問題だ。
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