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「あ、別にまたケンカしたとかじゃないんですよ!ちょっと、これから行かなきゃいけない所があって、一人で行きたいなーって……。一人で行きたいのに待ってるなんて、おかしな話ですけど」
「そんなことないですよ」
会話が途切れる度に店内はBGMだけで満たされる。ピアノのクラシック曲はいつの間にか終わり、サクソフォンの音色が目立つゆったりとしたジャズに変わっていた。
「……これ、良い曲ですね。何て曲ですか?」
「さあ。私は音楽には詳しくなくて。すみませんね」
「詳しくないのに、良いものはわかるんですね。……さいごにここに来られて良かったです」
すみれがお代を置いて立ち上がる。
「お一人でいかれるんですか?」
「いえ……彼女も来てしまったようです。見えますか?あの窓の向こうでキョロキョロしています。私を探しているんでしょう」
「いえ、私には」
「そうですか。……そうですよね」
すみれの顔には先程の寂しげな表情に、友人に会えたわずかな嬉しさが見えていた。
「……私のこと、気づいていましたか?」
すみれは、友達がいるという方向を見たままマスターに聞く。
「ええ……。時々、いらっしゃるんですよ。貴女のような方」
「そうですか。……彼女も、来てしまったものはしょうがないですね。一緒に行くことにします。ごちそうさまでした」
出て行こうとするすみれに、マスターは普段と変わらない言葉をかけた。
「またお待ちしております」
ドアに手をかけたまま、すみれが振り返る。
「もう、来られませんよ?」
その言葉にマスターは、微笑み、会釈を返す。すみれも微笑み、ドアを引いた。
カランコロンカラン
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