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作造は今日も五島の家に呼ばれていた。囲炉裏に火が立っている。ぱちぱちと音を立て、大きな串を通された魚が炎に炙られていた。
「兄貴、すまねえ。いただきます」
作造は手を合わせて、五島が焼いた魚をほおばった。柔らかい白身と焦げた皮が口いっぱいに広がる。
「うめえか?」
「うめえ」
むしゃむしゃと食う作造を五島は愛しそうに眺めた。口のまわりに食べかすを残す作造には、まだ幼さが残る。
この村には何もない。ただ、海と鋭い岩肌があるだけ。作物は育たない。こんな小さな村では男たちは漁をするしかない。毎日、必死に漁を覚えようとする作造を五島は親代わりとして見守っていた。
──作造の父親も漁をしていた。
作造も幼い時分から舟に乗らせてもらったが、漁を教えてもらうのはまだ先のこと。作造も作造の父もそう思っていた。
そんな折、夕餉を作る母がひどく咳き込み、そのまま厨で血を吐いた。
「かあちゃん!」
作造が寄ると、父がそれを制して母を抱き上げた。
「山越えたら医者がおる。診てもらってくるけ、作造は飯さ食っとくんだ」
父の顔には悲壮感が漂っていた。今思えば、父は母の病を知っていたのかもしれない。母がこさえていたぐつぐつと煮える鍋が、作造にはやけに恐ろしく見えた。その夜は何も口にできなかった。
朝方に父は戻ってきた。母はいなかった。
「かあちゃんは?」
「寝せてもろうとる。大丈夫じゃ」
大丈夫じゃ、そう告げる父の顔に安らぎは浮かんでいなかった。
その夜、寝床で父と五島の兄貴たちが何やら激しく言い合いしているのをうとうとと聞いていた。
朝、寝惚け眼で作造は見慣れない父の格好を見た。父は継ぎ接ぎだらけの鎧を着て立っていた。
「とうちゃん、なんや着とる?」
父は作造の頭をゆっくりと撫でた。そのまま作造と顔を向かい合わせ、胡座をかいた。
「作造、よくぞ聞け。かあちゃんの病を治すには金がいる。とうちゃんはしばし戦に出る。なあに、ひと月もかからん。すぐに戻るし、それまで五島んとこのせがれに漁さ教えてもらえ。五島んとこのせがれは良いやつやろ? 何でも聞いたらいい。とうちゃんが帰ったら、とうちゃんより漁さ上手くなっとれよ」
作造は正座に組み直した。真っ直ぐに父を見た。父の目を見て、涙をこらえた。
「とうちゃん、ほら吹いとるんじゃなかろうな」
「作造にほらなんか吹くわけなかろうが。大丈夫じゃ」
父はそのまま村の者に見送られ、村を出た。
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