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ひと月が経った。
その間、作造は一度だけ五島に連れられ、山を越えた。床に伏す母を見舞った。母はぐったりと横たわり、口を動かすことすらできそうにない。
「かあちゃん」
青白い母の手を握り、作造は溢れる涙を拭った。
「作造。お前のとうちゃんが貯めた金と俺らでかき集めた金でしばらくは医者が診てくれよる。信じて待つぞ。戦もじき終わろう」
息を切らして山を越えながら、作造は五島のその言葉を信じた。
だが、ひと月半を過ぎても父は戻らなかった。夜の闇が日に日に濃くなるように作造は感じた。
ふた月が過ぎようとした頃、夜中に五島の兄貴が転がり込むようにして、作造をたたき起こした。作造はいつも寝ながら泣いていた。その涙の痕を拭く間もなく、五島の兄貴におぶわれた。
作造と五島は一言も喋らずに山を登った。おぶわれながら作造は、母が良くないのだと気づいていた。五島の荒い息遣いが夜の帳にずっと響いていた。
「かたじけない。及ばなかった」
医者が五島と作造に深く頭を下げた。とても静かな病室に、生を失った母が眠っていた。
母はずっと眠って、父が帰る頃に起きるのだろう。そう思った。そう思うことで、五島の兄貴に気を遣わせないにようにと努めた。
だが、神様は作造を鍛えたかったとでもいうのだろうか。それにしてはやり過ぎであろう、と五島は神様へ叫んだ。五島は作造に伝えることすら憚られた。これをどのように作造に伝えれば良いと言うのか。
三月が経ったころ、父の骨が還ってきたのだった。
作造は父と母の骨を気丈に抱いていた。
「……五島の兄貴、これでとうちゃんとかあちゃんはあっちで仲良う逢えとるぞ」
作造はそう言って、五島に向けて笑みを向けた。ひきつるその子供の笑みが五島には痛かった。こいつはこんなに辛いのに、おいらに気を遣っとる。せめて、おいらはこいつの家族になったらないかん。
「作造」
「うん?」
「泣いて良いとぞ。おもいきり泣いてえいぞ」
五島はそう言い、作造を抱き締めた。作造は朝までわんわんと泣いた。五島は朝まで寝ずに作造の頭を撫でていた。
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