11人が本棚に入れています
本棚に追加
波が高くなってきた。海岸沿いに佇む巨岩が波にさらわれている。猫のような鳴き声をあげながら、かもめが低い空を舞っていた。おこぼれを狙っているのだろうか。
「作造ぉ。もう上がらんか。あぶねえぞい」
風の向こうから大きな声が響いてきた。五島の兄貴の声だ。
確かに風もずいぶん強くなってきた。波に木舟が大きく揺れている。
作造は竹ひごで編まれた篭を覗いた。今日もちいせえ魚一匹しかあげとらん。齢十三とはいえ、漁師の端くれだ。もう五島の兄貴たちに魚を分けてもらうのは格好が悪い。
「兄貴ぃ、もうちょいだけ竿垂らすわぁ」
作造は五島に声いっぱい叫んだ。
「あほんだらあ。舟沈ませてまうど」
心配して五島は作造の舟に寄ってきている。やれやれという表情を浮かべていた。
海に垂らす竿にあたりが出た。作造は五島に良いところを見せようと、竿先の揺れに合わせて大きく竿を上げた。……小さいか。そう感じるや否や、がつんと竿が海へ引きずられた。くの字に竿が曲がっている。
「うわあ、五島の兄貴、大物じゃあ」
「無理すなぁ。そっち行っちゃる」
きりきりと糸が海へ引きずり込まれていく。五島の舟が横付けされ、舟が揺れた。五島が作造の舟に足を踏み入れる。作造は引きに負けまいと、強く竿を引き上げた。と、ふつりと糸が緩み、反動で作造は五島の足もとまでひと転がりした。
「くそぉ、抜けたぁ」
「なんや、上げてみ」
軽くなった糸を手繰ると、傷だらけになった鯖の頭だけが上がってきた。
「こりゃあ、フカが齧りよったんかもな」
五島が笑いながら鯖の傷あとを確認している。
「くっそお、せっかくの大鯖じゃったのに。フカの阿呆め」
「はは、そら、上げられん漁師のほうが悪い。ちゃんと狙って食いきったフカの勝ちじゃ」
食い千切られた鯖の骸を作造は悔しそうに見つめ、高い波に揺られていた。
最初のコメントを投稿しよう!