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「ときどきいるんだよね。お姉さんみたいに僕らが見える人って」  少年の言葉に、かたわらの少女も頷いている。 「…あなたたちは、いったい、何者なの?…」  思考の働かない私にはそれだけ言うのが精一杯だった。  少年と少女はしばらく顔を見合わせたあと、私を左右にはさんでそれぞれが私の手を握った。 「見て。目の前の人」  少女はそう言って目の前の人ごみを指差した。  私は両の手を彼らに握られたまま、言われたとおり正面に目をやった。  何も変わりはない。いつものように人が目的地に向かって歩いているだけだ。そう、それぞれが手に『ひも』を持って。  ひも!?なぜ、みんな、ひもなんか持ってるの? 「僕らは『えにし』の管理人なのさ」 「えにし?」 「そう。『えん』って言ったほうがいいかな。『赤い糸で結ばれてる』とかって言うだろ。その糸の管理をしてるのさ」  そう言ってしゃべる少年の横で、少女はエプロンのポケットの中からおもむろにハサミを出し、私の手に刃先を当てた。突然の出来事に私は悲鳴を上げてしまった。 「大丈夫よ。見て」  少女の手には大きすぎるそのハサミは、音もなく刃先を一つに重ねた。私の手に何一つ傷をつけることもなく。 「ね。大丈夫でしょ?」  面白そうにくすくす笑う少女を見ながら私は切られたはずの手を抱きしめた。 「このハサミは『えにし』を切るための道具なのよ。だから、人は切れないの」  少女はそれだけ言うとハサミをエプロンにしまった。私はまだ切られたはずの手を握り締めていた。 「じゃあ、あなたたちが切っていたのは…」 「そうだよ、人じゃなくてえにしの『ひも』なんだよ」 「みてて!」そういって少女は笑いながら目の前のカップルに近づいた。人目もはばからずいちゃついている若いカップル。その二人の間に割り込むように少女は近づいたかと思うと、さっきの赤いはさみをエプロンのポケットから取り出し二人をつなげている糸をぱちんと切った。  その瞬間だった。 「さっき誰を見てたのよ!」  彼女のほうがいきなり怒り出した。 「お前こそなんだよ!」  彼も負けずに言い返している。さっきまでのいちゃつきぶりはどこへいったのだろう。二人は顔を赤らめて言い争いをしている。道行く人はそんな二人を遠巻きにして足早に歩いていった。 「いいわよ。そこまで言うならもう別れましょ!」 「あぁ、別れようぜ!」  そういったとたん、二人は後ろを振り返りもせずに別々の方向へ歩き出した。彼らの左手の薬指には切られたばかりの赤い糸が風に揺れていた。 「見た?今の」  いつの間にか隣に戻っていた少女はニコニコしながら話しかけてきた。私には何がなんだかさっぱりわからなかった。何が起きたのだろう。二人の薬指につながれていた赤い糸を切ったとたん、突然けんかを始めて別れてしまったのだ。 「左手の薬指につながる赤い糸は生涯の伴侶につながっているんだよ。本当ならあの二人は結婚までいくはずだったのにね」  少年も少女も面白そうにくすくす笑っていた。 「あ、お姉さんの彼氏が来たみたいだ」  少年の言葉に駅のほうに目をやるとタカシがきょろきょろしながらやってくるのが見えた。 「それじゃ、僕たち行くよ。じゃあね、お姉さん」  そういうと、二人は手に手をとってクスクス笑いながら夕暮れの人ごみの中へと駆けて行ってしまった。 「ユウコ、ごめん!」  私を見つけるや否や、タカシは私の目の前で手を合わせて謝った。その左の手に赤い糸が揺れているのを私は見逃さなかった。その先をたどろうと視線を糸に這わそうとしたとたん、赤い糸は夕日に溶けるように消えてしまった。 「誕生日、おめでと。これ選んでたら遅くなったんだ」  タカシの声に我に返って彼の手を見ると、その上には小さな箱があった。促されるままに箱を開けるとまた小さな入れ物があって、そのふたを開けると小さな石のついた指輪があった。 「これ・・・」  タカシの顔を見上げると、しばらく落ち着かなげに視線をさ迷わせていたが、意を決したように私の目を見つめた。 「できれば、これからもずっとお前と一緒にいたい」  真剣な顔でタカシは私を見つめていた。  私もタカシを見つめた。彼の瞳の中に私の姿が見えた。 「はい」  私は指輪を受け取り、左手の薬指に通した。夕日を受けて指輪がきらっと光ったとき、指輪から赤い糸が見えた気がした。
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