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1.
「また、遅刻…」
さっきから出るのはため息ばかり。いつだってそう。あいつったら時間どおりに来たためしがない。ちゃんと来たのは一番最初のデートの時だけ。
「もう、ダメだろうなぁ…」
有名なレストランの予約。お昼の食事とはいえ、頑張って今日のために予約したのに、時計を見たら1時間も過ぎてる。もうその席には他の誰かが座ってるに違いない。
左腕の時計を何回見ただろう。約束の時間からすでに2時間は過ぎてる。あいつの事だから遅れると思ってわざと1時間前に待ち合わせたのに、全然意味がなかった。
「もう、ダメなのかなぁ…」
今日は付き合って3度目の私の誕生日。わかってくれてると思ってたけど、そうじゃなかったのかもしれない。
こんな時のために、私はいつも『暇つぶし』の道具を用意している。マンガや小説などの本や、ウォークマン。それらにもあきてくると、道行く人をぼーっと見ながら時間を潰す。
手元にある『暇つぶし』にもあきた私は、いつもと同じように目の前の人の流れをただ見つめていた。すると、その中に子供が二人、大人たちの間を上手にすり抜けて走り回っているのが見えた。それだけなら別になんて事もないのだが、その子達は時折り他人の手をしばらく触っていたかと思うと、また他の誰かの手に触れていた。にもかかわらず、触れられた人は誰一人としてその子供を気に止める様子がないのだ。私の目はいつしかその子供たちに釘付けになった。
子供たちの年のころは、少女の方が5・6歳くらい、少年の方が10歳くらいだろうか。少女は栗色の長い髪を両サイドだけピンで留め、エプロンがついた赤いチェックのワンピースを着ている。少年は鮮やかなグリーンのポロシャツにいまどきめずらしく半ズボンだった。そして、子供たち二人に共通していえることは、どちらも色が白くとても愛らしい顔をしている事だった。
私はその子供たちをしばらく見ていることにした。見ててあきないほどの愛らしさももちろんの事だが、彼らたちのしている事に興味を持ったからだった。
注意してみていると、彼らは左手しか触っていないことに気づいた。触っている人に特に共通点は見当たらない。ここから見ていると別段、誰の左手でも良いような感じだ。そして、よくは見えないが、何かを持っているように見える。目はそう悪くない方だが、夕暮れに近いこの時間ではさすがに彼らの手元までははっきりとは見えない。
あいつが来るであろう駅の出口をちらと見てみた。が、やっぱり来る気配は感じられない。「どーせ、まだ来ないだろうし…」そう思った私は彼らの近くに行ってみることにした。あくまで通行人の一人を装って。
本屋の店先で携帯で話している男性のそばに彼らはいた。彼らはその男性の左手を見てクスクス笑っていた。そして、少女の方がエプロンのポケットから何かを取り出し、男性の左手に当てた。その何かに気がついたとき、私は思わず走り出していた。
「ちょっ!だめよ!やめなさいっ!」
声に驚いた人たちが私の方を見ていたが、そんな事気にしている暇はなかった。なぜなら少女が手にしていたものは大きな赤色の『ハサミ』だったのだから。
「だ、大丈夫ですか?」
そう問いかける私に、男性は電話で話すのも忘れて私の方を見ていた。
「…な、何?」
男性はきょとんとした表情で私を見ていた。
そうだ。なぜだかわからないけど、みんな彼らに手を触れられた事に気がついていなかったんだ。きっと、この男性も何も気がついてないのだろう。そう思った私は男性の身に何が起きようとしていたのか説明した。
「いま、この子供たちがあなたの手にハサミを当てようとしてたんです!」
「は?…子供?ハサミ?どこに?」
男性は不審そうな顔で私を見つめていた。
「だから、この子達が…!」
そう言って振り向いた時、私は我が目を疑った。そこには子供などいなかったのだ。
「えっ、あの、ここに子供が…」
わけがわからない。逃げたんだろうか?こんな短い時間で?
「あのさ、なんかよくわかんないんだけど、もういいかな?」
男性のいらついた声に私はただ「すいません」としか言えなかった。
男性は気味悪そうに私を一瞥した後、電話に向かって「ヘンな女がいてさぁ」と言いながら人ごみの向こうへと足早に去って行った。
確かにいたのに。ここに。子供たちが。真っ赤なハサミを持って。
呆然と立つ私の左手を何かがつついた。首を回し手のほうを見ると、私の左手を小さな手がつついていた。その手の先を辿ると、さっきまでここにいた彼らの姿がそこにあった。
「あ、あなたたち…」
彼らはクスクス笑いながら私を見ていた。一体何がおかしいというのだろう。私は頭にきていた。
「ちょっとあなたたち!今、さっきの男の人の手にハサミを当てていたでしょう!ダメじゃない!こんなところでそんな危ないもの使っちゃ!何するつもりなのよ!」
私の剣幕にも彼らは動じる様子もない。それどころか二人は顔を見合わせて笑っているではないか。バカにするにも程がある。
「何がそんなにおかしいの!?あなたたち、自分たちのしてた事の重大さ、わかってるの!?」
激しい剣幕で怒ってる私に、少年の方が始めて口を開いて言った。
「お姉さん、そんなに大きい声で僕らに話しかけてると変に思われちゃうよ。ほら」
そう言って少年は辺りをぐるっと見渡した。
つられるように見ると、確かに立ち止まってまでこちらの様子をうかがっている人もいた。思わず顔が赤くなるのを感じた。
「そ、そんなこといってごまかしてもダメなんだからっ!」
こんな道の真ん中で大声を出していたら目立つのは当たり前だろう。だけど、いけないことはいけないんだ。
まだ、話を続けようとする私に少年はなおも続けてこう言った。
「だって、他の人には僕らは『見えてない』んだよ」
見えてない?
何を言ってるんだろう?この子は少し頭がおかしい子なんだろうか?
「お姉さんだけだよ。僕らが見えてるのは。その証拠にほら!」
少年が指差したのはブティックのショーウィンドウ。道行く人の中に少しかがんで彼らに説教する私の姿と…。
えっ!?私の姿しかないっ!
そこには確かに私の姿はあるのに、彼ら二人の姿はどこにも映っていなかった。
混乱する私の耳に、道行く人の話し声がさらに追い討ちをかけた。
「何、あの子。一人でしゃべって。きっと頭がおかしいのね」
一人?どうして?だって、確かに目の前に彼らはいるし、私と話もしてるじゃない!そんな、彼らは幽霊だとでもいうの?
混乱する私に向かって少年は驚くようすもなく、むしろ楽しそうにしていた。
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