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「いえ……その人は医務室へ行くかと訊ねてくれて、僕は大丈夫ですと答えました。そしたらその人、ホームのベンチまで連れて行ってくれて、僕を座らせてくれたんです」
そうかと耳を傾けながら、似たような経験を思い出していた。
「僕、気持ち悪くて、顔を上げられなかったんですけど、お礼をいいました。その人が去った後も、僕はベンチから動けずにいて……会社に遅刻してしまうと焦っていたら、突然手に冷たいものが触れて……目をあけたら、ペットボトルでした。さっきの人が、お水を買ってきてくれたんです」
「……へぇ」
「それ飲んで落ち着いたら、学校行けよって言われました。一応、スーツ姿だったんですけど……僕の事、学生だと思ったんでしょうね、はは」
宮部は小さく笑い、それから一呼吸おいて、また話し始めた。
「僕、朦朧としていてまともに目が開けられなくて、その人の顔も見れなかったんですけど、最後にうっすら、スーツ姿は見たんです、胸に社章が見えて、僕の社章と同じだったから、それだけはわかったんです」
倒れた子供がいたなと、思い出す。
「声だけははっきりと覚えていたから、いつか会社で会えたら、必ずお礼を言おうと心に誓いました。でも実際、その人だとわかったら緊張してしまって、何も言えなかった」
「……何で」
ぼそりと訊ねると、宮部は布団の中で、もそもそと動いた。
「仕事も出来て、かっこよくて、凄くキラキラしていて……僕の事なんて覚えてないだろうし、話しかけたら迷惑だろうなと思って」
あの子はネガティブだと言っていた女性社員の言葉を思い出した。確かに酷い。
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