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年が明け、仕事始めの一月五日。
時刻は十八時を回り、駅構内は混雑が始まっている。三上泰生は、地下から地上への階段を上がり人ごみを抜けてから、一息吐いた。
気温は日中よりぐんと下がったようだ。吐いた息が白くゆっくりと上空へと登っていく様子を眺めながら、数秒ほど空を見上げた。
乾燥した空気のせいか、喉のひりつきが気になる。年明けから体調を崩してなどいられないと身震いし、三上はコートの襟を立て直した。
横断歩道の信号が青にかわり、一歩足を踏み出した時、消防車のサイレンが響き渡り、自分と周りの人々の動きが止まった。
音のする方へ視線を向けると、渋滞気味の大通りで停滞していた乗用車達がわらわらと脇へ身を寄せ、その間を縫うように真赤な消防車がこちらへ向かってくる姿が見える。
サイレンを響かせながら走り抜けた消防車を見送った後、大勢の人がほっとしたように歩き出し、同様に三上も歩き出す。
近くで火事でもあったのだろうか。先日は駅前の飲食店でも火災が発生していたし、火の元には十分注意が必要だ。とはいえ三上は自宅で料理をする事など殆どない。気をつけるべきは煙草の後始末か。禁煙をするつもりは毛頭ない。
三上は歩きながらバッグを持ちつつ足を止めることなく器用に手袋をはめ、繁華街へと向かった。
十七時前には客先への挨拶回りを終え、通常よりも早くに帰宅出来そうだと期待したのは一瞬で、営業部は強制参加という新年会開催の通達がまわってきたのが、仕事を上がろうと準備をしていた最中だった。
あと十分早く職場を出ていれば捕まらなかっただろうにと、誰に見せることもなく苦い表情をつくる。
酒は嫌いではないが、大勢で飲む席は好きではない。特に営業部は面倒な人間が多い。
数字重視の営業職自体は嫌いではないし、自由度の高い社風は気に入っているが、部全体の体育会系のノリはどうも合わない。
「あ、あの……三上係長!」
突然背後から名前を呼ばれ振り返ると、紺色のダッフルコートに薄茶色のマフラーをぐるぐると首に巻きつけた、小さな男が三上を見上げていた。
目が合うなり、お疲れ様ですと深々とお辞儀をされたけれど、はて、どこの誰だったかと巡らせながら、とりあえずこちらもお疲れ様と挨拶をかえす。
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