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大きな黒縁眼鏡と、眼鏡にかかる程の長さの前髪。寒さのせいか頬と鼻を真赤に染めた姿がまるで雪国の子供みたいだなと、三上は目の前の小さな男を見下ろした。
「……悪い、ええと、誰だっけ」
見覚えがあるような気もするが、思い出せない。
小柄な男はハッとした表情で、慌て始めた。
「あっ、す、すみません! 昨年春に管理部に配属されました、宮部といいます」
管理部は三上が所属する第一営業部と同じフロアだけれども、位置的にはフロア内の両端に当たる。用事がなければさほど接する事のない距離だ。
そういえば同期の本木がちっこい新人を連れて歩いていたなと、ぼんやりと思い出した。本木を交えて一言二言の会話をした事もあったかもしれない。
「管理部……ああ、本木の下に入った新人か」
呟くように発した三上の言葉に対して、男は嬉しそうにハイと答えた。
「これから新年会へ向かわれますか、あの、ご迷惑でなければ……お店までご一緒しても宜しいでしょうか」
眼鏡の奥からキラキラと光る瞳で自分を見上げてくる。純粋そうな、曇りまき眼。こいつは感覚的に苦手な部類だと、瞬時に嫌な予感がした。
とはいえ立場上、職場の金の卵である新人くんを無碍にも出来ない。三上は少々面倒に思いながらも、口の端で笑顔を作った。
店までの短い道程を、二人並んで歩き出す。
百八十弱ある長身の三上に対して、宮部の頭は三上の肩よりも下にある。うちの妹の身長と同じ位か、それよりも若干小さいかもしれないなと、宮部のつむじを見下ろしながら思った。
まだ実家暮らしだったころ、朝の洗面所は四歳下の妹との取り合いで、よく並んで歯を磨いたものだ。あの頃の妹はちょうど自分の肩下くらいの身長だった。
そんな身内事情を思い出したところで勿論宮部との会話に繋がるものでもなく、三上は何か共通する話題はないかと記憶を漁った。
こんな時、自然と気の利いた会話が出来れば良いのだろうが、あいにくと三上は無駄口が苦手だ。自社製品のセールスポイントならば、するするといくらでも浮かんでくるのだけれども。
どうしたものかと黙っていたら、宮部の方から話し始めた。
「三上係長のお話は、本木主任からよく伺っています」
「本木が? なんて」
本木の奴。先輩風吹かせて後輩に何を吹聴しているんだ。
「激戦区の都心エリアでもまず数字を落とさない営業マンで、入社以来毎年全国ランキングの上位に入っているのは三上係長だけだって」
キラキラした瞳で見上げられ、三上はうっと言葉に詰まる。
管理部は暇なのかと、小さくため息をついた。
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