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プロローグ☆予感
クイズ番組で二人の青年が競っていた。
どちらも若くて、知力・判断力共に最高のものを持っていた。
観衆はどちらに軍配が上がるか、ハラハラしながら番組を楽しんでいたが、やがて、一人が敗れ、一人が栄冠を手にした。
「まさに、運命の女神が微笑んだのはあちらだったか!」
休日を堪能中の父親がため息混じりでそう言った。
「運命の女神、って本当にいるの?」
尚美が父親の座っているソファの後ろから覗き込んで尋ねた。
「いるさ!」
父親は少年のように目をキラキラさせて尚美を見上げた。
「…昔、俺は運命の女神の采配を間近で見たことがある」
「また始まった」
「嘘じゃないぞ」
「はいはい」
尚美はいつも父親が話す話は大袈裟だと思っていたから、話半分に聞こうかなぁと考えた。
「俺が少年の時、確かに今より世界は混沌としていて曖昧だった」
父親が言うのには、人間が知覚している世界だけが全てじゃない、ということだった。
ファンタジーの世界とも違う、次元の隙間がどこそこにあって、不整合に空間が繋がっていたそうだ。
普通はわからない。でも何かのきっかけでえらい目に遭うことがある。
夏の夜、裏口から外へ出ると冬の気配がしたり、なにかの生き物が通って行ったりそんなことだ。
ただ通りすがりで済めば御の字。巻き込まれれば帰ってこられるかどうかもわからない。
尚美はぶるるいと身をふるわせた。
そんな得体のしれない事よりも、平穏な毎日が一番だ!
「私はそんな世界には行かない」
そう言って、尚美は自分の部屋へ上がっていった。
父親は、尚美が姿を消すと、一人で昔を懐かしみながら、しばらくうっとりとウイスキーの澱のような感覚を楽しんでいた。
「・・・ヒロ。ヒロツグ」
「なんだい?」
「あの娘をくれないか?」
「タダでやるわけにゃいかんよ」
「まぁいい。機会を待つさ」
父親は誰かと会話していたが、その姿は見えなかった。
闇の中に誰かが、何かが住んでいるのだった。
尚美は父親のヒロツグと二人暮しだった。幼い頃母は失踪してしまった。なにが原因か全くわからなかったが、尚美が覚えている限りでは、優しい、あたたかな人だった。
家に友達を呼んだときに、みんな最初ははしゃいでるのに、あとから「なんだか気味が悪い」と言って逃げるように帰っていった。最近ではだれも寄り付かなくなってしまった。
「お父さんが悪い!」
なんとなく、尚美はそう思っていた。
でも、このままじゃ済まされないような、予感のようなものがあった。
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