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声をあげた歳とった方の男性が、こちらへとずんずんと歩み寄ってくる。遥生は何事か、とごくりと唾を飲み込んだ。男は、遥生の目の前で足を止めた。男の瞳に動揺する遥生の姿が映り込む。
男は遥生を見上げてまじまじと見つめると、何かを閃いたかのように瞳孔を広がった。
男も俺も無言を貫くが、先に声をあげたのはまさかの受付の女性だ。
「お疲れ様です、先生」
「あぁ、ありがとう。君もお疲れ様」
(……ん!?)
今先程受付をしていた女性は、その人を見るや否や、深々と挨拶をしていた。
遥生は再びまじまじと男性を見つめた。
白髪混じりの髪、目尻の皺、優しい眼差し……「あっ」と声を出した時には全て思い出した。
5年前より少し老けただろうか、だがその見守るような眼差しはあの時と変わらない。
男性は驚き固まる遥生を見て、「驚いたよ」と変わらない声色で呟いた。
「皆川先生ですか…?」
遥生は確信しながらも、問いてみると、男性は白衣に隠れたネームプレートを見せてきた。
皆川保男
そうだ。皆川先生は、あの時、事故にあった時の担当だった先生だった。
俺のことを覚えていたのか。先程、先生が俺を見て驚いたように目を開いたことに納得がいく。先生と俺は5年近くは会っていない。それなのに、患者1人を覚えているのはさすが医者としか言いようがない。
皆川と遥生が軽く挨拶を済ませている間、ついでとも言えるように横に立つ40代くらいの男性が「時田です」と軽く会釈をしてきた。
気が付けば、遥生、皆川、時田で謎のサークルが出来上がっている。
大人になったと言っても、まだ遥生には混乱することが多い。それが、今のことだろう。皆川が声を掛けてくれたのは嬉しかったが、それから先をどうすればいいかわからない。
少々気まずい雰囲気がその場を通過する。
皆川もそれに気が付いたのか、話を変えるようにごほんっと咳払いをした。そして、今さっきとは打って変わって真面目な表情へと切り替わった。
「挨拶はここまでにしよう。私が君のことに気がついたのは“永井 菜々”という名前が聞こえたからなんだが…」
受付の女性は、再び書類に目を通すが首を振る。
「やはり、何度見直してもここに永井菜々様という方はいらっしゃいませんが……」
「ああ、そうだろうね……。須賀くん」
「あっはい!」
急に名前を呼ばれて、声が変なところから飛び出た。皆川は気にしていないようで、続ける。
「君がどうしてここに来たのか気になる。別室で話そう」
「え…っ」
声を上げたのは、皆川の横にいた男だった。男は皆川の機嫌を取るように顔を伺いつつも、おずおず「先生、これからする予定だった会議は…」と。
なんだかいつも皆川に振り回されているように見えた。
「この後に回す。さ、行こう。須賀くん」
俺が大丈夫だ、と言っても先生は耳を貸そうとはしなかった。少し焦ってるような表情を見せる男に、目を細めながら、別室に案内された。
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