74人が本棚に入れています
本棚に追加
遥生は口をもごもごと動かす。皆川は待ってくれているようで、何も口を出さなかった。
その見守るような優しげな瞳を見つめ返していると、胸の中にあったわだかまりがすっと消えていった気がした。
俺の、自分でもよく分からない感覚をこの人は理解してくれるのではないか、と。
意を決して、重い口を開く。
「あの…実は、俺。今日、なんだか呼ばれた気がして」
「……誰にだい?」
皆川は多分、続きはわかっている。それでも真っ直ぐに、遥生の返答を待っている。
「菜々、に…」
そんなことは有り得ない。永井菜々はあの日、いなくなった。もう、いない。そんなことは有り得ない。わかってる。
「今日、夢を見たんです。あの時の夢…。そして、なんだかあの場所に行かなきゃって。行ったら、菜々がいた気がしたんです。俺にも分かりません。でも、菜々に病院に呼ばれた気がして」
しどろもどろに言葉を繋げる。遥生も混乱していた。自分の今いる状況は自分にも理解できないほど複雑なのだ。
皆川は今も尚、何も言葉を発さない。遥生は静かに俯いた。
もう頭も心もぐちゃぐちゃだ。
5年前からずっと、菜々が俺の心の奥底にいた。もう、辛かった。いっそ忘れた方が……
「須賀くん」
「は、はい」
急に名前を呼ばれて、我に返る。目の前には俺の心を見透かしたような表情をした先生が。
「今、少しくだらないことを考えたようだね。端的に言おう、私は君を信じる」
「え」
下がりつつあった頭を上げる。皆川は真剣な表情をこちらに向けている。
「まぁ、現実的に見えないものはあまり信じたくない性格なのだがね。君、今日が何の日かわかるかい?」
「5年前の今日、ななが…」
死んだ。俺を庇ったばっかりに。目の前に浮かぶ情景は鮮明で、雪を真っ赤に染める血溜まりまでも思い出す。
俺は再び頭を抱えたくなった。
最初のコメントを投稿しよう!