74人が本棚に入れています
本棚に追加
俺は酷いことをしようとしていたのだろう。もし、俺が菜々に忘れられたら辛いのに。
ぽたりぽたりと机の上に涙が零れ落ちる。皆川は遥生の涙を見ると、立ち上がってコーヒーの準備をし始めた。
静寂な部屋には、鼻をすする音だけが響いた。
「もう大丈夫かい?」
しばらく経った後、皆川そっと遥生に尋ねた。遥生の前には冷えたコーヒーが置かれている。遥生はそれに手をつけながらこくこくと頷いた。
今日、一生分を泣いた気がした。朝も、今も。大学生になって人前で泣くなんて、とんだ失態だ。だが、そんなことより胸の中がスッキリしていたのだ。
「俺、絶対に菜々のことを忘れません」
「うん、忘れられることは悲しいことだからね。私も、君たちのことを忘れないよ」
優しい微笑みはとても心を暖かくした。
甘々なコーヒーを飲み終わると、遥生は帰ろうかと立ち上がった。皆川も察したようで立ち上がる。
「先生、今日は本当にすみませんでした」
深々と頭を下げる。
「いいんだよ。辛くなったらいつでもおいで」
皆川は改まらないで、と遥生の体を起こす。時間を取ってしまったと言うのに、本当に太陽のような人だ。
遥生も心の底からの笑顔を返せた。
『遥生』
「……え?」
「どうしたんだい?」
突然声をあげた遥生を不思議そうに皆川が見つめる。
「あれ……?」
『はるき』
「えっ……」
遥生は目を見開いた。何も聞こえていない皆川は首を傾げる。そんな皆川に「すみません!」と言葉を残すと、遥生は一心不乱に走り出した。
最初のコメントを投稿しよう!