74人が本棚に入れています
本棚に追加
言葉が上手く出てこない。口をはくはくと動かし、どうにか言葉を紡ぐ。
「菜々…なのか?」
掠れた声でそう問いかけると、菜々は静かに目を見開いた。
そして、大きな瞳から大粒の涙が伝っていく。
「遥生なの…?」
そのたった一言で、俺は目の前にいる彼女が菜々なのだと確信した。俺の名前を呼ぶ彼女を、俺が一番よく知っているからだ。
だけど、彼女はもう死んでいる。
目の前にいる君は、幽霊なのか?
いや、そんなことはあり得ない。信じない。
じゃあ俺が作り出した妄想だろうか。
…そんなことは、どうでもいいかもしれない。
泣いてる彼女を見ていると、俺の家の目の前で泣いていたことを思い出す。両親に酷いことを言われて咄嗟に逃げてきた時の菜々…。
あの時は、場違いかもしれないけど本当は嬉しかった。菜々はちゃんと俺を頼ってくれていたって、そう思えたから。
でも俺は、何もできなかった。泣いている菜々を抱きしめることしかできなかった。今思えば、もっとできることはたくさんあったはずだ。
目の前のことで常にいっぱいいっぱいだった俺には、当然、何をすればいいのかわからなかったのだ。
あの日、菜々はなんて言っていた?
“私が知らない私が、遥生と一緒に幸せに過ごしてくれる世界があったらいい”
ふと、脳裏に菜々が目を腫らしながら笑った情景が映った。
最初のコメントを投稿しよう!