「逃避行」

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「逃避行」

何となく  心にぽっかり穴があいて 埋める方法が  分からなくて 何をしても  気持ちが何となく重くて そういう時 旅に出ます。 パソコンを開いて  ここに来て いろいろな場所へ行って  いろいろな人に逢うのです。 「にんげんは  みたされない いきものなの」 白い服を着た少女は、身の丈に合わない椅子に座って 作者不明のホットケーキを切りながら言います。 「みたされないように  できてるの」 赤い服を着たそっくりさんも、シロップをかけながら 全く同じ顔で言います。 「満たされない生き物 ですか。なかなか興味深いことを言う子たちですね。」 ため息の一粒を、ドライフルーツ ミント 紅茶と一緒にミキサーにかけ 夜カフェの店員さんは微笑みます。 アクリル板越しに 混ざりゆくクランベリー色 甘酸っぱく心地よい香りが漂うころ 看板猫が  にゃあと気持ちよく 伸びをしました。 「夜カフェの猫か。久しぶりだな。」 スマホの写真に 少々嫉妬 「ねー  いいこいいこしてー♪」 足元にわらわら擦り寄りながら  黒猫(カカオ)白猫(ミルク)はマイペース。 「心が落ち着かないときはね。とりあえずこの子達を抱くの。」 先輩風をふかす彼女(かいぬし)は  今日も小説創作中。 「そういった方は 多いですよ。」 現実世界(こちら)とよく似た世界の屋上で 仮面男は  花束を差し出しました。 「皆さんから  預かりものです。」 色 形 香り  様々な カーネーション  数えてみたら  何となく意味が分かって 「たまにはこちらにも顔を出してくださいね。作者様。」 仮面男が  奥深くで  笑うころ わたしは  戻ってきます。 長いようで  短いような  逃避行 「こっちにも  何か書いてよ」 ベッドに横たわってスマホをいじる彼女が  そっけなく呟いて 透明になった花束を片手に 私は久しぶりに  書いています。
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