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『……色々と世話を掛けた』
食事会を終えると、銀胡はこむぎを抱いて庭に降り立った。
『……また、いつでも遊びに来てください』
私もサンダルを履いて庭に降りる。真夏の庭は緑に溢れて、降り注ぐ日差しがキラキラと眩しかった。
『じゃーね……こむぎ』
『元気でな』
縁側からシュンが手を振った。その後ろで、神様と天太君、豊月さんが見守っている。
『またね……』
少し言葉に詰まりそうになりながら、私はこむぎに微笑んだ。
こむぎは不思議そうに私と銀胡の顔を見比べている。
『なーや?』
それ以上は言葉に出来なくて、私は手を振って見せた。
銀胡が背を向ける。庭を出て行く銀胡の肩から、ひょこりと小さな顔が覗いた。
『なーや!』
いつもとは様子が違う事を、こむぎなりに察したようだ。みるみるうちに、こむぎの顔が赤く、しわしわになっていく。
『……や、……やー!』
大粒の水滴が丸い頬を次々と伝って、小さな手がもがくように空を掴んだ。
(……そう言えば、こむぎが泣くところ……初めて見た)
どこか痺れているような頭は、意外と冷静な事を考えていた。
こむぎのまだ見たことがない顔も仕草も、きっともっと沢山あったのだろう。
(……考えないようにしなくちゃ)
はっきりと感じてしまったら、私の心が持たない気がした。
『なーやー!』
銀胡の背中が遠ざかって行く。
走り出しそうになる足を必死に留めて、私はじっと親子を見送った。
視界いっぱいに太陽の光が溢れて、二人の姿はすぐに見えなくなってしまった。
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