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『え……』
一瞬、居間にいた皆んなが静かになった。
『言葉も、食事も、名前さえも俺には上手く与えてやる事が出来なかった……』
銀胡の突然の独白に一同は面食らっていた。しかし、「じゃあ私が代わりに育てます」なんて言える訳もない。
不器用な彼なりに、親になりたいという気持ちはやはりちゃんとあったのだろう。
気付けば俯向く銀胡に、私は素直に自分の心に浮かんできた言葉を投げかけていた。
『……良い悪いは一旦置いておきますけど、子どもに母親の姿を見せたい一心で、危険を顧みず天狗の宝を盗み出したのは、親心に他ならないんじゃないか……と私は思います……』
『天狗なんて敵に回すと面倒臭い事は明白じゃからのう』
神様もうんうんと頷いた。
私は膝の上のこむぎを抱き上げると、にっこりと微笑み掛けた。こむぎは大きな瞳で私を見つめている。
そして私は、彼をそっと銀胡に手渡した。少し胸が痛かった。
『……』
銀胡は皿を置いて、そっとこむぎを受け取る。こむぎはきょとんとしていたが、銀胡の顔をじっと見つめると、ぽすんとその胸に顔を埋めた。
『とーた!』
『こむ……ぎ?』
銀胡は辿々しく名前を口にすると、こむぎの頭をそっと撫でた。その表情は父親の優しさに溢れていた。
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