キャリアウーマンの取り合い

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 キャリアウーマンの雅子は、人一倍仕事を頑張り、女性の管理職昇進を、最年少で成し遂げた。三十三歳だ。  今日も男性の部下が書類を持ってくる。本当は、すぐに承認印を押して仕事を先に進めたい。しかし、押したくても押せない。 「この文章、主語がなくて、何言っているか、分かんないわよ」 「誤字脱字が多すぎる。そんなに私の手を取らせたいの!」  大きな叱り声が、フロア中に行き渡る。 「またあの人が叫んでる」  そんな陰口も聞こえるが、聞こえない振りをしている。結構つらい。  部下の中にもカッコいいなと思う男性はいる。仕事は出来なくても、一緒にいてくれたら嬉しいのにと思う。けれど、隙は見せられない。ナメられると仕事が回らなくなる。  他の会社の人と、こっそりお見合いした。会社では誰も声をかけてくれないけれど、見合いの相手は気に入ってくれたようだ。私の働いている姿を知らないから、良かったのだろうか。トントン拍子で話が進み、半年後に結婚式をすることになった。  新郎の誓いの言葉が終わったあと、雅子の番になった。牧師が心を込めて言う。 「新婦、雅子。あなたは、健やかなるときも、病めるときも、新郎と手を取り合い、共に歩んでいくことを誓いますか?」  ここは、誰がどう見ても「誓います」と言うべきところだ。しかし、雅子は牧師に聞き返した。 「手を取り合うって、何の手を取り合うんですか? 猫の手? まごの手? 誰か他の人の手? 修飾語がないから、分からないですよ。なぜ、みんなきちんとした日本語を使えないのかしら?」  牧師は一瞬驚いた顔を浮かべたが、穏やかに落ち着いて言った。 「新郎とお互いの手を取り合って、つまり、協力してということです」  雅子は、顔を真っ赤にして言った。 「じゃあ、誓えません。私忙しいから、手を取られるの嫌なんです。お互いにお互いの手を取らなくていいように、生きていきたい」  困惑した牧師の前で、新郎が言った。 「雅子は僕のこと、愛してくれているかい?」 「もちろん、愛してるわ」 「じゃあ、それでいい」  結婚式のその後の進行は、参列者の不安をよそに、順調に進んだ。  三ヶ月後、雅子は会社で降格された。周りの人の信頼が得られていないようだから、というのが理由だそうだ。「私のほうこそ、周りの人が無能で、信頼できないわよ」と思った。  家に帰って、旦那に相談した。 「私、何か間違っているのかなあ。直したほうがいい所があったら言って」  旦那は、不思議に思って、会社で何があったのか、聞き出したあと、少し考えて言った。 「君はそのままでいいよ。何かを直そうとして、君の行動が萎縮してしまったら、君のもっている他の良いところがつぶれてしまう。だから、自信を持って生きたらいい」  たまたま出逢った旦那だけど、とても私にぴったりの人だったのかも知れない。私のどこが気に入ったのか、そして、私は何が間違っているのか、さっぱり分からないけれど、会社で降格されても、それほどショックじゃない。それは、この人がいるからだ。だから、この人がいなくなったら、耐えられない。それで、聞いてみることにした。 「私とずっと一緒にいてくれる?」 「もちろんだよ」  旦那は両手で、私の両手を取り、じっと私の両目を見つめた。私も両手で、旦那の両手を握り返し、旦那の両目を見つめた。  そして、キスをして、唇を取り合った。 (完)
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