微熱

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微熱

朝、布団の中で目が覚めると熱気が身体にまとわりついて、怠く感じた。 今は何時だろうと布団から掛け時計に目をやる。 しまった! もう旦那様が目を覚ます時間だ。 朝食の準備は何一つしていない。 このままでは旦那様が仕事に遅れてしまう。 わたしは慌てて体を起こそうとするものの、視界がぐらりと揺れてバランスを崩してしまった。 その場にうずくまり、深呼吸を繰り返す。 「おい、どうした? どこか具合でも悪いのか?」 わたしに気づいた旦那様が声を掛けてくれる。 まだ寝巻のままだったので起きたばかりなのだろう。 「いいえ、少しめまいがしただけです。すぐに朝食の準備をしますね」 旦那様を心配させまいと、わたしは精一杯の笑顔を見せた。 旦那様はわたしの顔をじっと覗き込んだ。 「顔色が悪いな」 そう言って旦那様はわたしの額に手を当てた。 旦那様の手は少しだけひんやりとしていて気持ちがよかった。 「熱があるな……今日は横になって寝てろ」 「それはいけません! まだ朝食も作っていませんし、旦那様の仕事にも影響が出てしまいます」 わたしは何があっても旦那様に迷惑をかけるような真似だけはしたくなかった。 いつも優しくしてくださっているのに、その恩を仇で返すなんて失礼極まりない。 「病人はおとなしくしていろ」 旦那様はぶっきらぼうに言い放って台所に向かっていく。 失望されてしまっただろうか。 夏なのに手足が氷のように冷えていく。 わたしは旦那様に嫌われることを、ひどく恐れていた。 「仕事は俺の代わりなどほかにいくらでもいる。だが、おまえの代わりはいないだろう。……それに、おまえはいつも働きすぎなんだ。少しは休め」 心にポッと蝋燭の明かりが灯った気がした。 旦那様は後ろを向いていて表情は見えないが、その背中から心配の色がにじみ出ているのがわたしには確かに見えた。 ──やはり旦那様はお優しい。 わたしは旦那様の言いつけ通り、再び布団へ横になった。
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