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文机に向かっている旦那様の視線をときどき感じたのだが、わたしは気にしていないふりをしていた。
先ほどから旦那様は首元に手を当ててばかりいる。
旦那様がその仕草をするときは──決まって何か言いたいことがあるか、隠し事をしているときだ。
さて、どうしようか。旦那様は何を隠しているのか。
知ってしまいたい気持ちもあるが、知りたくない気持ちも共存している。
ここで見ぬふりをするのもむず痒い。
「旦那様」
わたしは努めていつものように声をかけた。
旦那様は文机から顔を上げる。
「どうした」
「旦那様、なにか言いたいことがありますよね?」
旦那様の肩がびくりと震えて、目が泳ぎだす。
「どうしてそれを……」
「仕草に出ているからですよ」とは言えず、話し出すのをじっと待つ。
旦那様は堪忍したようにため息をついて、口を開いた。
「おまえの手帳の……写真の男は誰だ?」
わたしは目を見開く。
一瞬わたしと旦那様の間に流れる時が止まった気がした。
鋭い視線が針のように刺さる。
その瞳はどんな感情を奥に秘めているのか、想像することができなかった。
緊張の糸が張り詰めた部屋にまたしても、ため息がもれる。
「すまんな、見るつもりは無かったんだ。おまえの文机に置いてあった本を落としてしまったことがあって、そのときに見てしまったんだ……」
「……」
「あまりに手帳を大事に見るものだから気になってな……」
不覚にも手帳と写真のことを知られてしまっていたなんて。
しかし、秘密を打ち明ける良い機会かもしれない。
「旦那様、わたしも隠し事をしておりました。でも、旦那様に手帳のことがばれてしまって、決心がつきました。どうか、聞いてくれませんか? わたしの……初恋の話を」
旦那様は静かに首を縦に振った。
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