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episode1
長い長い、初恋が終わった。
嫌味なほどに晴れた青空の下。初恋の相手が満面の笑みを浮かべている。
その隣には、俺とは違う別の男。見覚えがあるようなないような、ガタイがいい長身の男は、爽やかな笑みなど浮かべていた。
───三週間前。突然かかってきた電話に気まぐれで出てみれば、相手は長いこと会っていなかった中学時代の同級生、立花だった。
年甲斐もなく鼓動が高鳴る。この時思い知った。俺は未だに彼女に恋をしていたのだと。
「それで、何の用?」
溢れる興奮を抑えるようにして用件を尋ねてみれば、彼女はあっけなく答えた。あたし結婚するの、と。
「……そっか、それで?」
思考を止めようとする頭に鞭を打ち、何とか平静を装って尋ねる。
「青木くんに結婚式のカメラマンをお願いしたくって。ほら、カメラ好きだったでしょ───」
立花の声は、何処か遠くで鳴っているようだった。
自分がカメラ好きであったことを覚えていてくれた。心の隅でそんなことに少し喜びを感じている自分に嫌気が差す。
初恋の相手の結婚式にカメラマンとして参加する。そんな拷問があるか。丁重に断ろう、そう思ったが口には出せなかった。惚れた弱みとはよくいったものだ。気づくと俺の口は参列の意を示していた。
「なにか違うな……」
レンズ越しの光景に、俺は違和感を覚えた。
立花亜香里。その見た目は中学の頃とあまり変わっていないように思う。だが、なにかが違う。
カシャ、シャッターを切る。見栄を張って買ったプロ御用達の一眼レフカメラだ。
手元のカメラに視線を落とすと、絵に描いたような新郎新婦が幸せそうな笑みを浮かべていた。
だが何かが違う。自分とは別世界を切り取ったかのような、漠然とした不自然さがある。
しかし考えてみれば当然の話だ。九年もあれば人は変わる。環境も人格も交友関係も。
初恋の相手は、俺が知らないところで出会い、恋をし、結ばれていたのだ。
今も時間が止まっているのは自分だけ。自分だけが、あの日に取り残されている。
「やっぱり来るんじゃなかった───」
俺の呟きは、幸福を掴まんと焦る女性陣の声によってかき消された。
「それでは参ります!」
アナウンスがあり、立花が背を向ける。その手にはブーケがあった。
合わせて、今一度カメラを構える。
純白のウエディングドレスは今の俺には眩しすぎて、思わず目を逸らしたくなる。しかしこれも仕事だ。それにレンズ越しなら、別の世界を覗いているようで何とか耐えられた。
「えい!」
立花がブーケを放ると、一際大きい歓声があがった。
カシャ、シャッターを切る。
それを最後に、俺は式場を後にした。
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