プロローグ

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 キンコンカン……♪    授業が始まる二分前のチャイムだ。十分間の休憩時間はあっという間に過ぎていた。   「……じゃあ、教習があるから行くね。ああ、エアコンも、電気もあとで消すから……」と、佐久間先生は静かに言った。   「………………うん……」    ちゅ……。   「あ……」    先生の唇が右の目蓋に落ちる。身体がキュンと固くなった。先生の唇が離れた時、涙が溢れた。    身体がカッと熱かった。イスから立ち上がろうとしたとき、身体の奥がジュンとなって、ショーツに染み込むのが分かった。スカートに染み込んでいないか気になった。    :    夕方、佐久間先生にラインした。   『今日の下着です。ちょっと大人っぽいでしょ?』というタイトルで、大きな姿見に写した下着姿の私の写真を送った。お揃いのブラジャーとショーツは黒で、ショーツのお腹には意味ありげにレース編みがされていた。    先生も私のエッチな写真を見て、感じてくれるだろうか。と、先生のエッチな行為を、唇をイメージして、自分を慰めた。片手でバストを揉み、グミキャンディのように固く尖った乳首を指先で潰す。もう一方の手のひらは、鏡を見ながら、お腹を撫で、お尻を撫でる。そして、後ろから蜜が湧き出す中心に指を突き刺し、かき混ぜる。一番敏感な芽を潰すように撫でる、と私は大きな声で果てた。    すぐに、虚しさに襲われた。    私のメッセージに既読は付かなかった。    先生に会いたかった。会ってギュッと抱きしめて貰えるだけでよかった。    :    あの日から二日後の夕方に、佐久間先生からラインのメッセージが入っていた。その日は土曜日だった。   『こんばんわ。明日の日曜日、何か用事がありますか? あ、この前送ってくれた写真、セクシーでとてもよかったです』    佐久間先生の顔が浮かんで、顔が緩んだ。   『セクシー、ふふふ……嬉しいです。私、セクシーなんて言われるの初めてなので……。明日、だいじょうぶですよ。待ち合わせは○○駅のロータリー、時間は三時に待っています」    ○○駅のロータリーは、私が自動車教習所の送迎バスに乗っていた場所だった。    駅から十分ほど走ったところにある人気(ひとけ)のない丘の上の駐車場に車は止まった。    プシュ……。缶コーヒーを開ける音。先生からブラックの缶コーヒーを受け取る。少し啜った。ブラックのコーヒーは初めてだった。苦い味が口の中に広がる。コクン、と喉に流し込む。   「苦手……?」   「えっ……?」   「無糖のコーヒー……」   「え、いえ、あの……ホントは、初めてなんです。ブラックの……。だけど……」と言ってから、もう一度コーヒーを啜った。コーヒー香ばしい薫りが鼻に抜けた。   「……ちょっと、美味しいかも……」   「ね、癖になるでしょ?」    胸がドキドキしていた。それはブラックコーヒーのせいかもしれないけど、私の胸は痛いほどに高鳴っていた。    :   「ちょっと、歩こうか」   「……えっ……ハイ……」    道路の向かいの奥に私の身長ほどのフェンスがあった。太陽が沈み掛けてゆくずっと下にポツポツと町並みが見える。赤や青の屋根がゆっくり朱に染まってゆく。    私と先生の間には腕を伸ばすと触れるくらいの間隔があった。   「僕、ここから見える景色が好きで、嬉しいことや辛いことがあると、一人でよくここに来るんだ」   「先生、今日は……?」    また、胸が高鳴る。   「うん……嬉しい……かな……」    よかった。ホッとした先生がイヤイヤ私と会っているんじゃない、と思えた。   「先生……?」   「ん……?」   「わたし、もうちょっと、先生の横に……」    佐久間先生は手を伸ばした。先生の横に立った。二人の肩が触れ合う距離にいた。先生の冷たくて、固い手が私の手に当たる。グイっと先生の方に肩を引き寄せられた。    私は震えていた。先生が怖いのではなくて、これからのことに震えていた。   「先生、キス……してください」    先生の冷たい唇がおでこに落ちる。   「こんな、子供同志の……じゃなくて……」    先生の冷たい唇に、私の唇が塞がれる。目を閉じた。トロンとした舌に口の中が探られる。    私の中の時間が止まっていた。まだ熱気を含んだ夕方の風が髪を揺らしている。  私の舌先も先生の舌を追う。口の中でコポッ、ニチャという音が混ざってゆく。唇の端から溢れた唾液がゆっくり喉元に滑ってこそばゆくて、身体を少しよじった。    ドックンドックンと自分の心臓の音が聞こえるようだった。    銀色の糸を引きながら、佐久間先生の唇が離れた。風が唇を撫でる。こんなにゆったりとしたスローモーションのようなキスは初めてだった。  先生の目を見た。折れそうなくらいに強く抱きしめられて、唇が塞がれる。カサカサと布が擦れ合う音。ブラックコーヒーの苦みのある唾液が、私の口の中で混じり合う。先生の口に泡立つそれを送り返す。  コクンと喉を鳴らして、先生の唾液を飲み干した。    :  帰りの車の中――私はショーツの汚れを気にしていた。ショーツがべっとりと滲み出したものでお尻に貼り付いている。    降りるとき、佐久間先生の自動車のシートを手のひらで撫でて確かめる。   「……じゃあね」   「うん…………」    先生の手に引き寄せられる。    先生の冷たい唇にキスされる。    涙が溢れそうになる。   「どうしたの……?」   「ううん……なんでもない……」    テロンとした先生の舌が唇に入ってくる。その舌に私の舌を絡める。 「ああ、帰れなくなっちゃうよお」    誰かに見られるかも知れなかった。そんなことなんてどうでもよかった。鳥肌が立ちそうになる。子宮がキュンと鳴いた。    後ろ髪を引かれるような気持ちで車を降りた。    :    私はクッションを抱きしめた。それに顔を埋めて、大きな声『きゃあ、やったあ』と叫んだ。普段は余り大きな声は出さないけど。    ショーツがべっとりと濡れていたことを思い出した。    スカートの下からそれを抜き取る。スカートの生地がお尻を撫でた。    スカートに手を潜らせ、立ったまま濡れた場所を確かめる。    熱かった。    自分のそこに指を這わせる。溢れたそれが水飴のように絡みつく。    その指をスマホで撮して、佐久間先生にラインで送った。    :    先生の既読はつかなかった。    :    落ち込んでいた。付き合っているとはいえ、男性に自分の〈潤み〉を送り付けるなんて、やっぱ普通じゃない。私は重い女になっているんだ。自分から……。    ホントにめんどくさい女だ。私は……。    私は枕に顔を押し付けて泣いていた。    :    ブブ……。    スマホが震えた。時間は三時四十七分。何の音もない窓の外にスクーターの音が走り回っているのは、新聞配達のバイク。どこかで鉄の階段を蹴る音……。      『今度はいつ会える?』      無理しなくていいのに……。      だけど、心が少し綻んだ。
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