クランクイン

3/4
前へ
/15ページ
次へ
速度を緩めて老人の横に着ける。 マネージャーが助手席の窓を開けて聞いた。 「村長さんですか?」 「ああそうじゃ。ようお越しくださった」 「よろしくお願いします。石田香菜と…」 マネージャーがそう言って後ろに顔を向けると、石田香菜も後ろの席の窓を開けて黙礼する。 「わたしはマネージャーの鶴見といいます」 「えぇ、えぇ。監督さんから聞いておりますよ。さぁ、車はこちらへ」 「いい人そうね」 「うん。優しそうな人で良かった」 髪も顎髭も真っ白で、そこら辺で拾ったような枝を杖代わりにしていた。腰も少し曲がってみえる。 納屋の前の広場に車を停める。 村長はまるでエスコートする様に、ドアを開けた石田香菜に手を差し伸べた。 そこで、村長宅から神主のような出で立ちの男が出てきて、黙礼だけして通り過ぎていった。 「お客様がいらしていたんですね」 「おぉおぉ、神社の神主じゃよ。あ…あることがきっかけでそのぉ、声がでなくなってしもうての。愛想がないように見えるじゃろうが、気にせんでくれ」 声が出ないのにどうやって神事を?あることって?と思いながら石田香菜はエスコートされた手に捕まる。 その手は細いのにしっかりとして、村長の笑顔のように温かみのある掌だった。 「ありがとうございます」と石田香菜も思わず笑顔になる。 「大変じゃったろう?山道なんぞ、慣れてなかろうに」 「いいえ、こう見えて自然が好きなんです。途中、杉とイタドリばかりと思ったら柏や(ひいらぎ)もあって」 「柊?」と石田香菜に振り向きもせずに村長が足を止めた。 「はい。柊」 「なにかの見間違いじゃろう。わしはここに長年住んでおるが、柊は全て…」 そこで言葉を止めた村長は、そのあとを続けずに再び歩き出した。 「まぁそれは良い。さあさあ、お上がりください。愚妻(ぐさい)がおもてなししたいと言うて、昼から何か作っておるので」 「は…はい」 違和感を感じながら石田香菜はあとに続いた。 なんか意味深…と思いながら。
/15ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加