雨の夜の訪問者

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雨の夜の訪問者

 「叔父様、ダンスがお上手なのね。でも、疲れたわ。ちょっと休ませて…」  本当のところ、ダンスなんてどうでもよかった。わたしは気になっていた。こんな篠突く雨の夜だった。いつ止むとも知れないあの雨の歩道だった。北沢の奴、わたしは裏切ってなんかいない。結婚なんか求めてはいなかった。ただ初恋だけを求めていたのよ。 「パパ、もう帰るわ。こんなパーティー、付き合ってられないわ」  あの雨の夜、わたしは入院先の病院から逃げた。奴はわたしを執拗に追いかけて来た、まるで仁王像のような形相をしていた。わたしは歩くことすら儘ならなかった。それでも足を引きづりながら死にもの狂いで歩き続けた。暗い人通りの途絶えた雨の歩道で、誰か助けを求めるしかなかった。 「おい、ちよっと待てよ。大事なことを、忘れてはいないだろうな。これで綺麗さっぱり終わりという訳にはいかないからな」 「なによ、わたしを散々弄んで、もういい加減にして。もう、沢山。これまでよ。止めてよ。腕を離して、離してよ。警察を呼ぶわよ」 「他に男がいたんだろう。あいつだろう、木田という前に勤めていた会社の同僚なんだろう。まさか結婚の約束でもしていたのか?俺に期待を持たせておいて。俺を騙したな。いいさ、俺が破談にしてやる。俺の秘密を知ったからには、そう簡単には別れられんのよ。これまで通り付き合ってくれればそれでいいんだ。俺の余命は、あと数か月、それだけのことだ」  ああ、泣けてくる。もう、過去には戻れはしないのに、なぜ、なぜ、なぜなの、奴が再び現れるような気がしてならない。北沢の奴、裏切ったのはおまえなんだから。わたしは奴の先妻の代替物でしかなかったんだ。わたしの未来を破壊する気なのか、余命半年だなんて。ああ、あんな男と出会わなければよかった。変に憐れんだのが間違いの元だった。
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