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★★
黙りこくった時間は進み、遂に終わりを告げた。羽田空港は土砂降りの雨のなかにあった。機体は無事着陸した。男は子供を起こし、「どうも有難うございました。それでは花火大会の夜を楽しみにして待っております」と言い、彼女に一礼をして座席を後にした。
・・・・このまま別れていくのか、後髪を引かれる思いだ。そうだ、振り返るのだ。彼女を見つめるのだ。きっと俺の気持ちを察してくれるはずだ。
男は振り返り、彼女を見つめた。それも一度ならず二度も。男の子は、ママ、ママと叫んでいた。しかし、彼女は平静さを装い、ただ手を振るだけだった。
・・・・なぜ、俺の後に付いて来ないんだ。到着ロビーまでなら構わないだろうに。そんなに俺が嫌なのか、ああ、なんということだ、そんなに俺には魅力がないのか‥‥。
二人の姿が見えなくなると、彼女も席を後にした。
・・・・あの男の後を付いて行ったら夫婦と間違えられてしまう。わたしを迎えに来ている男がいるかもしれないし、嫌な男であっても、余計な詮索をさせない方がよいに決まっているのだから。
雨だれの夜の中、多くの乗客でごった返す到着ロビーは、乱れ狂う雨粒のプリズムが旅に疲れた多くの人々の眼尻を重たげに映し出していた。彼女の視線は、その先にあった。惑うことは決してなかった。
しかし、到着ロビーで彼女は辺りを見渡したが、二人の姿はどこにもなかった。彼女は男から受け取った名刺を固く握りしめ、預けた荷物の受渡場に行った。
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