胸騒ぎのとき

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                     ★★   週が明け、新しい職場では、彼女の仕事ぶりは以前にもまして手際よくなり、溌剌とした立ち振る舞いが一際目立った。普段の無表情な瞳にも、一点の意味ありげな光が放っていた。それは一つの線となって、美しい深海に差し込み、まだ見ぬものを照らし出そうとする澄んだ藍色に輝く光線に違いなかった。それは、あの瞳、蔵前に棲むあの男の瞳にも似て。  一日の仕事を終え会社を出ると、きまって木田から電話がかかって来る。まるで彼女を監視しているかのようだ。 「今しがた人事異動の発表があったんだ。近いうちにニューヨーク支店に転勤することになったんだ。それで、話したいことがあるんだ。今度の土曜日、ドライブに行かないか?」 「それは、それは、おめでとう。出世コース邁進ということね。でも、今度の土曜日は都合が悪いわ」 「どうしたんだ?なんか俺を避けているみたいだな・・・・」 「避けてなんかいないわ。話ってなんなのよ?」 「そりゃそうだよな。話というのは、俺と一緒にニューヨークに行って欲しんんだ‥‥」 「それって、私へのプロポーズっということ?」 「俺はづうと考えていたんだ。君と一緒になりたいってね。その機会がついに訪れたんだ。是非、俺と一緒にニューヨークに行って欲しいだ」 「そう俄かに言われても、直ぐには結論は出ないわ。あなたがニューヨークに行ってからでもいいじゃないの。別に焦る必要はないでしょう?」 「じゃ、必ず連絡してくれよ、約束出来るな」 「ええ、わかったわ。私にも考える時間が必要だから」 「ニューヨークへ出立の時は、成田まで見送りに来てくれるよな」 「ええ、勿論(もちろん)」 「詳細が決まったらまた連絡するからな。新しい職場で大変だろうが頑張りな。じゃ、バイバイ~~」  ・・・・わたしは低い声で「勿論」と言ってしまった。この白けた低い声の「勿論」という言葉の底にある「嫌だ」というわたしの心裡(こころうち)を、あの男は察せられないのだろうか。あの男のそんなところがわたしは嫌いなのだ。あの男は、何もかもが独りよがりなのだ。ニューヨーク支店に転勤することがすべからく出世コースだとは誰も言えないのだ。邪魔だから遠くへ放擲(ほうてき)されるということもあり得る。木田のような性格なら尚更。
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