胸騒ぎのとき

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 今では、彼女は北沢優志郎という男のことが気になって仕方がなかった。ニューヨークへの見送りではなく、東京都台東区蔵前にある"すし処きたざわ"に行く口実を考えなくてはならなかった。  不思議なものだ。あんなに単調で手持ち無沙汰だった日々が、瞬く間に開けっぴろげな週末の日々に変わっていた。彼女は自分の美しさに磨きをかけることに余念がなくなっていた。夜には、なぜかスローなジャズを聴き、「私を見て。霧で覆い隠さないで、どこまでも歩いていくわ。なにもかも曝け出して、これが恋なら‥‥」と悩ましくつぶやくようになった。  そして、土曜日の朝、彼女は出掛けた。わざと出来るだけ遠回りをして、時間を掛けて、ハラハラドキドキを楽しみながら‥‥。  
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