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本当は留学なんてどうでもよかった。とにかく奴から逃げるためなんだ。木田という男がニューヨークで首を長くして待っている。あれほど嫌いだったキザ男、それでも、あの男が近くに居るだけでも心強いのだ。
「叔父様、留学資金の件だけど、有難うございます。叔父様は本当に太っ腹な方なのね。素敵よ」
「なんのなんの、可愛い美輪ちゃんのことだもの。でも、いいかい、このことは、外で喋るようなことではないだよ。他人様に妬まれますからね。僕達は世間から距離を置いて暮らしているのですから、注意しなさいよ。それはそうと、さあ、今夜は僕の誕生パーティーに来てくれたお礼に、僕の余興を披露させて差し上げようかな」
「ええ、どんな余興なのかしら?」
「さあ、見てご覧、見てくださいな。このピエロの恰好、どうですかな?」
「ガウンの下がピエロの恰好だったの。ビックリした」
「いやいや、この太っ腹の腹芸をご覧、ご覧……」
「いやだあ、叔父様、叔父様がそんなことをなさるなんて信じられない。ああ、おかしいわ、叔父様の豊満な腹が顔になってる。その顔のモデルは誰なんですか?」
「よく見てご覧。このようにすると、あのよく目にする西郷隆盛の顔になるんだよ。……どうしたんだい?美輪ちゃん、急に顔が強張っているよ。この顔が怖いのかい?」
「いいえ、なんでもないの。叔父様、もう休んでよいかしら。美輪、なんか疲れちゃって」
「そうかい、そうかい、残念だな。最後に、これはどうだい、西郷隆盛が怒った顔は……」
「止めてください……」
「美和ちゃん、泣きそうな顔をして行ってしまった。ああ、悲しいなあ。一体何があったんだろうねえ」
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