夏の夜に唇を寄せて

出会いのとき

　離陸のサインが点灯した。男は彼女から男の子を受け取り、ふたたび真ん中の席に寝かせた。離陸が始ったが、安心しきったのか、轟音の中でも男の子は目を覚ますことはなかった。
「有難うございます。助かりました。この子の母親が癌で亡くなりましてね。田舎の菩提寺で葬儀を済ませて東京に戻るところなんです」
　男は目を潤ませ、彼女の方に身を倒し、周囲に目立たぬように呟くように言った。すると突然、彼女の表情は険しくなった。
　････この女は俺が言った言葉に困惑しているのか。俺は余計なことを言ったのかもしれない。それとも、もしかして未だ、男というものを知らないのか？そんなに緊張して、旅のお供程度でも男とは話せないのか...。いや、いや、そんなことはどうだっていい。どうせ短い旅の時間だ、俺の方から親しくなっていくだけのことだ。