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男は挨拶代わりに、スーツの胸のポケットから名刺入れを取り出し、彼女に名刺を差し出した。顔を赤らめ、うつむいて。
「私は北沢優志郎という者です。東京の台東区蔵前で鮨屋をやっております。近くにお越しの際は、よろしかったらお寄りになってください。今月末には隅田川の花火大会があります。出来れば、ご一緒に花火でも観たいです。この子も喜ぶと思います」
彼女は険しい表情のまま名刺を受け取った。
「ええ、出来れば…」
・・・・たぶん嫌々なんだろうな。俺を警戒しているのは明らかだ。でもだ、俺は信じられないほど押しが強くなりつつある。こんなことは久し振りだ。亡くなった妻との出会いのときもこんな風だった。
「本当に助かりました。息子にあのまま泣かれたんでは私の立つ瀬はありませんでした」
「なんと言ったらよいでしょうか、わたしは今、禁断の世界に立ち入ってしまったような錯覚に陥っているんです。今、この状態をどう収拾していいのか皆目分からないのです」
「禁断の世界ですか、面白いですね。いえ、いえ、只々、感謝あるのみですよ」
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