2・芽生える希望

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2・芽生える希望

二人で並んで昇降口を出る。校門近くには彼女と同じ吹奏楽部のメンバーたちが待っていた。成功したことを悟るやいなや途端にひやかしを始めた。こんなことは初めてだったので、嫌だなとか思うことなく、ただなんとも言えないむず痒い感覚を覚えた。何も言葉を返せない僕に対し、彼女は笑顔で、成功した喜びをメンバーに語っていた。暫くの談笑後、「空気を読んで私達は帰るね。二人でごゆっくり〜。」と一人が言って帰って行った。「もう遅いし、僕が送るよ」彼女は静かに頷いて、小さな声で「ありがとう…」と返した。夕焼けが差す校門前で二人信号待ち。彼女は静かな笑顔を浮かべていた。「んっ?渡ろ。」彼女の声で呼び戻される。いつの間にか信号が青に変わっていた。夕日に照らされる彼女の横顔にしばし見惚れてしまっていたようだ。しばらく会話をせずに歩く。否、会話ができないまま歩いている。僕という人間はおおよその人間とは明るく振る舞って陽気に喋ることが出来る。その対象は彼女も例外ではないはずだった。ただのクラスメイトだったのに。少し関係が変わってしまって自分も戸惑っているのだと思う。心臓の高まりが止まらない。今すぐこの喜びを叫び出したい。しかしこの口は開かない。取り敢えず簡単な話題を…『あのねっ、』同時に喋りだしてしまう。「あ、良いよ先に。」大した事を言える気がしなかったので主導権を譲る。「うん。ありがと。私ね、本当は告白失敗するんじゃないかって不安だったんだよ。数カ月前から吹部の友達に手伝ってもらって何て言うべきなのか色々考えたりしてね。皆も激励してくれたんだけどやっぱり怖くて。告白もしてないのに失恋ソング聴いてたんだよ昨日。おかしいでしょう。」軽く嗤った彼女は、はぁ。と溜息を吐いて続ける。「でも、OKしてくれて嬉しかったよ。告白した瞬間にとても真田君は複雑な表情してたものだから全く先が読めなくて…」僕は表情を崩してしまっていたのか。心の中で頭を抱える僕は「いやー、ごめんごめん。ちょっと驚いてしまってね。」「うん。あ、もう家についちゃった。ここまで遠いのにごめんね。ありがと。次に会えるのは月曜日か。気を付けて帰ってね。今日は本当にありがとうございました。」かしこまる彼女。笑顔で手を振り「バイバイ」と返す僕。彼女がマンションのエレベーターに乗ったところで身を翻す。今は5時17分、此処から家まではおよそ3キロ。高鳴る心臓を押さえつけ、深く息を吸う。軽く息を吐くとともに走り出す。いつもより3倍ほど身体が軽く感じた。  5時30分帰宅。息は乱れていないのにまだ心臓が五月蝿い。「しばらく止みそうにないな。」感情制限を諦めて家に入る。いつものように制服をしまい、風呂に入り、ご飯を食べる。少しの勉強をしたらベッドに潜る。それまでのプロセスに家族の会話はない。母は晩御飯を作ったらすぐに就寝。父もそのご飯を食べ終えれば部屋へ直行。なんとも淋しい家に生まれたものだ。そのくせに皆外面は良いんだ。僕も例外ではない。まあ、僕には彼女がいるんだ。彼女だけが僕の希望だ。 そんなことを思いながら眠りに落ちていく…
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