30人が本棚に入れています
本棚に追加
/422ページ
アナザーワールド 少女休憩中(1)
そっと目を閉じて階段を降りる。階段の先は踊り場でまっすぐ行ったら壁にぶつかる。
しかし未来は自分が壁にぶつからないことを知っていた。
そのまま歩き続けた彼女が目を開けると真っ白な空と地面、そして様々な色の建物が並んでいるところにいた。
「未来」
振り向くとにこにことしながら自分と同じ年の女の子が立っている。
「陽」
「珍しいね、未来が平日のこんな時間にここにいるなんて」
「ああ、それはね」
未来は陽に近づいて、がばっと力強く抱きしめた。
「ざっくり言うとすべてお主のせいなんだよね」
「痛い痛い痛い痛い、すいませんすいませんすいません」
「許さない許さない許さない」
一通り陽を締め上げるのに満足したあと、未来は近くの民家に入ってソファアに寝転んだ。
「どうだった、翼は。いい人でしょう」
「どこがだよ。面倒見の良い人って聞いたけれど、ただのかまってちゃんじゃないの、あれ」
陽から事前に聞かされていた、桐生翼について。
彼女と知り合って数ヶ月、知り合ったきっかけが最悪なものだったので慣れあう気はなかったけれど、一緒に過ごすうちに残酷にも情が湧いてしまった。
未来は自分の決意の弱さに舌打ちして、陽に不満をぶちまける。
「ごめんね、翼は多少面倒くさいところが」
「多少じゃねえだろ、めっちゃ面倒くさいぞ。あいつ」
「うーん……未来を現実の世界にとどまらせるにはいい人かなって思ったけどね」
ごめんねと陽が謝る。未来は陽の態度にむかつき、彼女の頬を強くつねった。
「うるせえ、とにかく黙れ」
「痛い痛い痛い、すいませんでした」
陽にイライラをぶつけても仕方ない。未来は再びソファアに背を沈めた。
イライラが収まらない。陽に対するイライラが6割、これからどうなるのかわからない不安に対するイライラが4割。
未来はいつもそのイライラに支配されていた。
「翼は、いい人なんだよ。本当だよ。だから」
「……大人に頼らない、決めたから」
「未来」
未来は自分の運命を昔から決めていた。
自分はいつか生きていけないのだろう、それはなんとなく感じていた。
普通に生活できないのなら、自分は死ぬしかない。
その決意が強くなったのは数か月前。
あの日から精神的に、金銭的に生きるのが辛くなった。
「大人なんか嫌い、嫌いな大人になりたくない」
「だから死ぬの?」
「うん。あなたと一緒にここで生きる気がないの。ここに逃げたって、どうせすぐに死ぬでしょう、私は」
アナザーワールドには法則がある。
それは生きるという希望を失った人は死に急ぐ。
未来と陽はそのような過酷な世界に身を置いている。
未来は目覚まし時計を設定して寝始めた。
「ベッドで寝なよ」
陽は寂しそうに未来を見て呟いた。
未来が死を希望するようになったのは、自分のせいだ。
真実を知ったら未来は自分を裁くだろう。
彼女との出会いは最悪だった。
だから自分は友達として認められていない。なのに、どうして。
「どうして、私の傍にいてくれるのかしら」
陽の疑問はそっと吸い込まれていった。
最初のコメントを投稿しよう!