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シャンプー
(何だか髪型が決まらなくなってきたな)
白河誠は職場のトイレで鏡の中の自分を見ながら、そう感じた。
営業職である誠は、毎朝常に「清潔感」のある身だしなみに気を使っている。そのため、髪型はある程度短くしていた。
自分でアイロンがけしたシャツに、派手ではないセンスの良いネクタイ。サラリーマンでオシャレ度を出すのはここが一番だろう、とネクタイの数は膨らむ一方。その甲斐もあって、社内の女子社員から好評を得ている。
(襟足も伸びてきているし、美容室予約しないとな)
この来週なら、時間が合えばまだ予約が取れるだろう。早速、携帯を胸ポケットから取り出し、メールを打った。
相手は誠を担当している美容師の藤川だ。本来なら美容室へ電話予約するのだが、何度か通っているうちにすっかり藤川と意気投合した誠は、携帯番号を交換し、メールで直接予約するという待遇を受けていた。
『来週土曜日の十一時、カットお願いします』
そう送信すると五分くらいして、返信が届いた。
『かしこまりました。お待ちしてます!』
決して暇ではないはずの藤川だが、毎回返信が早い。きっとプライベートでもマメに返信するのだろう。
生真面目な彼が誠にとっては心地よかった。
***
誠が通っている美容室【Green】は、いつも盛況だ。
客は女性が多いが他の美容室に比べると、男性客が多い。安価な床屋を選ばず【Green】を選ぶ男性客は、お洒落な身なりをした若者か、それなりに落ち着いた大人の男性。みな、誠と同じように営業や接客の仕事をしているようだ。
店内のスタッフも半数は男性。女性ばかりではないところが、男性客が多い要因かもしれない。何よりも「技術」が良いスタッフが多く、中でも藤川は指名料が要るほどの腕前だ。その腕前なのに驕らず人柄は温厚で、藤川目当てに通う客も多い。
予約の時間に店の扉を開けると、元気に店内のスタッフが迎えてくれた。スタッフともほぼ顔見知りだ。その奥からひょこっと藤川が顔を出して近寄ってくる。
「いらっしゃい、白河さん」
落ち着いた声で藤川が誠に挨拶をする。人懐っこいその笑顔に、誠も思わず釣られて笑顔になった。
上着を藤川に渡し、誘導された席に座り一息つく。間髪入れずに若い女性スタッフがクロスをかけてくれた。
「暫くお待ち下さいねー」
可愛らしい声でそう言うと、鏡から消える。その鏡の奥にふと、見覚えのない男性スタッフが映っていることに、誠は気づいた。
背が高く、髪型はパーマが強くかかっていてツーブロック。その髪の毛の色は「銀髪」と言っていいほどのグレーアッシュ。耳には赤いピアス、と美容師らしい出で立ちだ。印象的なのは、スタイルが綺麗めのスーツであること。アンバランスなのに、何故かしっくりきている。本人の顔がそもそも上品そうな顔だからだろうか。
(不思議な子だな)
誠がそう思ってると、藤川が鏡越しに手を振って再度、挨拶をしてきた。
「うわ、伸びましたねぇ。白河さんの許容範囲、完全に超えちゃってる」
髪にソッと触れて藤川がそう言うと誠は頷きながら、忙しくて来れなかったよと笑う。藤川は誠の髪の長さを全体的にチェックする。
「カットだけでよいですか?今回はまだパーマ、大丈夫ですね」
「うん。よろしく」
藤川は後ろを向いて、カット前のシャンプー担当を呼ぶ。鏡越しに見えたシャンプー担当は、先程見ていたあの銀髪の男性スタッフだ。
「彼は二週間前に入りまして。白河さんはお初ですね」
藤川が男性スタッフに挨拶をするよう、促した。一歩前に出て彼は軽く会釈する。
「小山です」
意外にも低い声でそう挨拶をした。切れ長の目は刀のようで、接客には向いていない感じだ。遠くからだと上品に見えたその顔は、どちらかというと無愛想。鏡越しに小山に見入っていると、藤川が笑いながらシャンプー台へとすすめる。
「見事な髪の色でしょ。僕も面接の時驚いたんですけどね」
小山は少しだけ口元緩めながら、誠を誘導した。
(この髪で面接受けたのか。すごいな)
美容師の採用がどのようなものかは誠は知らないが、良い度胸をしていることだけは分かった。
誠が小山の顔を鏡越しに見入ってしまったのは、彼が自分の「好み」の顔だから。最近、恋愛にとことんご無沙汰だった誠は、ついつい端正な顔に目が行ってしまった。シャンプー台までのほんの少しの移動の時に気になったのは、彼の姿勢。スッと背筋を伸ばし歩く様が、誠に突き刺さった。
(姿勢がいい奴に弱いんだよな…)
そう思いつつ、シャンプー台へ腰掛けて身体を横たえた。小山は少し台を上げて頭の位置を確認する。
「首の位置、難しくないですか?」
きっと年下であろう彼の低い声が聞こえて、大丈夫と誠は答えた。椅子を倒され、仰向けにされたとき不意に彼と目が合う。
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